結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

サービスですらファストサービスを望む人々=バイネームサービスと実名報道=

2013-02-12 Tue 20:00
この前UPしたブログ記事の続きです。


アマンリゾート
ちょっとサービスにうるさい人間なら
一度や二度はそのホテルチェーンの名前を
聞いたことがあるだろう。
そして、泊まったことがあるという人も少なくないはずだ。

いまやアマンリゾートのサービスは
都市伝説のように語り継がれてる。
あ、都市にあるわけではないから
リゾート伝説か。

ここのサービスに感動して
「奇跡のレストラン」をはじめたという
例のオーナーのウンチク語りは有名だけど。

でもねえ、旅の達人カテゴリーの人たちからは
すこぶる評判が悪いんだよね、アマン。

冬になるとおふらんすの超高級リゾートに
数ヶ月こもる友人は

「怖いのよ、もう行かない!気持ち悪い」といってた。

「あそこ部屋に監視カメラついてるんじゃないかしら?」

と友人は本気で暗い顔をして言ってたけど
具体的に聞いた細かいエピソードは
正直背筋の凍るようなものだった。

いままで行ったホテルの中で
滞在していた数週間全く寛げなかったと
言わしめたそのワーストサービス。

具体的に聞いてびっくりした。
申し訳ないけどそれってサービスの域を超えてないか?
犯罪じゃね?
と一歩間違えば危ないエピソードてんこ盛り。

その怖いエピソードは本人の承諾も取れてないし
プライバシーの問題上ここで書くことは出来ないのだが

ホスピタリティと似非ホスピタリティって
紙一重なんだと思ったね。

「人のコートのポッケに
勝手に物入れるな!」


前回のブログ記事で書いたけど

勝手に人の服のポケットにものを入れていい
それがホスピタリティだぜイエーイ!
と考えてるということは

ズバリ、他人のコートのポッケの中に入ってる物を見てもいいと
勘違いな考えをし出すまでそう距離は遠くないって事です。
(あ、いっちゃった)

こっから先は色々書くと問題が起きそうなので
皆さん勝手に想像してください
あなたの想像力をわたしがとやかく言う権利はないので
ご自由にどうぞ。

さて、
アマンのスタンダードサービスに関しては、
ネットでいくらでも具体例が拾えるので
そっちを書き出してみよう。

まず、有名な名前呼びサービス

ちなみにこれ業界用語で
『バイネーム』と言われてるもの。

(はい、そこのドシロウトさんたち、
知ったかぶりして早速使おうとするんじゃないよ。
今日知った言葉を使ってみたいって
それは単なる子供だからね。
エビデンスエビデンスエビデンスって言ってた
民主党のあの不愉快な女を思い出したわ)


話を元に戻して。
アマンが有名になったきっかけのサービスであるといっても過言ではない
従業員全員が名前を覚えて客を名前で呼ぶバイネームサービス。

有名なエピソードとしては

夜チェックインしてそのまま遅かったので
部屋から出ずにいたのに、
翌朝朝食を取りにレストランに行ったら
ダイニングまで部屋から歩く間にスタッフみんなに
名前を呼ばれて挨拶された!


という話だろう。

初めて泊まったホテルで、初対面の色んな部署の従業員が
自分の名前をいきなり呼んでくれる。

本来ならこのような直接名前を呼ぶサービスと言うのは
有名人、財界VIP、他頻度利用顧客へのみ提供されていた
はずである。

アマンはそれを宿泊者全員にむけてやったのである。

「我々はあなたがどなたかを存じ上げておりますよ」

と、その他大勢のタダの客ではなく、
名前のついた大切なお客様と感じてもらう為に。

でもこれ種あかしをするとだね

チェックインの際に預かった宿泊者のパスポートの顔写真を
ちゃっちゃとコピーし、バックオフィスに貼り出して
従業員全員で名前と顔を暗記する
というキワドい作業からなりたってるんだよね。

どうやって名前を覚えてるんだろ?って真顔で聞かれたことあるのだが
サービス経験の無い人でこれはぱっと想像できる人は
あまり多くないのかね。

アマンマジックなんて言われてるけど
マジックと言う割にはなんてアナログで
なんて愛の無いサービスであろうか。

客が感動するホスピタリティってこういうことなの?

最初はお客様に喜んで頂きたいと思って始めたサービスが
マニュアル化されることで迷走することは本当によくあるんだけど

個人的な周辺情報が無く関係性にエピソードを持たない
ただ名前と顔の暗記に心がこもるとも思えず。

似非ホスピタリティだよねえ、これ。

あなたを知っているという
おもてなしのココロを表現する為に
やりはじめたサービスのはずなのに

そこに「ほんとは知らないのに名前だけ強制暗記」という
血の通わない作業が介入することで
一気にもともとそこに存在していた温かみが消えうせる。

それはホスピタリティでもなんでもないんだよ。
似非ホスピタリティ

バナナじゃなくてバナナの匂いの付いた消しゴムみたいだ。

名前と顔の暗記に目的が移行してしまったサービスが
素晴しいサービスになるとは私には思えないんだよ。

でも皆さんそーゆーバナナよりバナナの匂いがついた消しゴムが
お好きなんですね。
アマンのファンはほんと掃いて捨てるほどいるからな。

で、アマンでは滞在中、利用者からは「事情聴取」と揶揄されてる
スタッフとの会話が必須だそうで。
ここで話をした内容を元に色々と凝ったサービスが繰り出されるらしい。

あーうざい。

この似非ホスピタリティって
維持する為に見境なくなって

事情聴取くらいならいいけど、
ガサ入れとか
現場検証とか
いろいろエスカレートしそう。

ていうか
ここまで書いてずっと思ったんだけどさ

本来個々にカスタマイズされるべきである
スペシャルサービスですらファストサービスを望む人々

がいかに多いかってことだよね。

で、上記の「バイネーム」サービスだって

誰も名前で呼ばれてない中、自分だけ名前で呼んでもらっている
ってのがスペシャルサービスなわけであって
周りにいる全員が名前で呼ばれてたらそれは特別サービスではなく
単に周りと同じサービスを受けてるだけってことにならんのか?
それは特別サービスと言えるのか?

いちげんさんでも常連のようにするっていう
もてなしの心からくるはずのホスピタリティを
勘違いするとこういうアプローチになっちゃうのかみたいな。

でもさ、サービスまでもファストサービスを望んで
それを喜んでる人たちが居るから
成り立ってるってことでしょ。

お客側から名前を覚えてもらう働きかけ無しに
VIPとおなじように名前で呼んでもらうことは
ファストサービスと言わずなんと言えばいいのか?

厳密に言ったら特別でも何でもない
みんなと同じサービスなのに
それでも名前を呼ばれることは
普通の人はそんなに嬉しいの?

ファストフード、ファストファッションときたら
今度はファストサービスかよ!

結局は客がファストサービスを望むから
それを提供するホテルやレストランが
繁盛してるだけの話。

消費者が悪いんだよ。
それをヨシとして金払って儲けさせてんだからさ。

ていうか、
名前を呼ばれるってそんなに嬉しいことなのか?
私にはそこがさっぱりわからんのだよ。

世の中の前提条件がなんだか
無名の個人に名前を与えると言うのは名誉なことで
喜ばしいはずである。
だから名前で呼ぶことは特別にもてなしである。

ってなってて
すっごく違和感。

名前呼びサービスがここまで接客業の間で
受けてると捉えられ、廃れないのは

一生無名で終わるしかない詰まらん人生しか送れない
本来ならば何の価値も無い屑な一般人の
『誰かに知られている自分になりたい願望』を
有料で叶えるサービスが
サービスとして成立してるからだよね?


となると
辻褄が合う事象が丁度この間発生していたではないか。

アルジェリアの人質事件の被害者の実名公表を
迫った間マスコミのことが頭に浮かんだよ。

実名公表をする正当性をヒステリックに叫びまくったマスコミの言い草。
あれ凄かったよね。
私の感覚にはひとかけらも無いことなので正直びっくしした。

「犠牲者を数字で表現するのではなく名前を付けてあげたい」
「名前を出すことが弔いになる」

云々って言ってたよね。

あのマスコミの頭おかしいロジックが非常に興味深かったんだけど。

バイネームサービスが喜ばれるに違いないという傲慢な押し付けって
まさにこのマスコミの
「俺らが報道してやらなかったら、お前らのような無名の虫けらどもの名前が
世間に出ることなんか未来永劫ありえないんだぞ」

という態度と似てるよね。

「一般人が名前を知られるチャンスなんか降って沸いてこないだろ。
それを俺らが大サービスして個々の名前で呼んでやることによって
1人の人間としての存在を認めてやるって言ってんだよ。」


これをサービス業界に当てはめると

「『お客様』ではなく『スズキ様』って呼ぶことによって
無名の淵からおまえごときをひっぱり上げてやるんだ感謝しろ。」


って話なのね。

なるほどなるほど。

人質犠牲者の実名報道の際に
「実名出すことで無念が晴れる」と言った記者がいたそうだけど
それって、死ぬまで無名でいることは不幸なことだって話に
しておかないと整合性が取れないよね。

あれは犠牲になったし死んじゃったし
とっても可哀想なので、名誉の戦死は自動的に二階級特進。
みたいな特別サービスとして
実名を全国紙に載せて、日本国中からバイネームサービスを受ける権利を
与えてやる=褒美を与えよう的な感覚だったんだな。


サービス業界における「バイネーム最強伝説」は
このような

「万人は無名の一般人ではなく名の知られた有名人になりたいはず」

という歪んだ前提条件で成り立ってるわけだ。

で、それをホスピタリティ、おもてなしの心を現す近道として
名前を連呼するんだな。

なんて安い、なんて薄っぺらい、なんて陳腐な
サービスだろうか。

暗記した名前なんて記号と同じじゃないか。
血の通った人間のパーソナリティと結びついて
はじめて名前で意味が出るのに。

だから私は知らないスタッフから
上っ面のホスピタリティを振りかざす為の手段として
暗記した名前で呼ばれるのが嫌いです。

幾重かの交流があって
そこで名前が付与されるからこそ
似非が似非でなくなるのに。


長くなったので分けます。
まだまだ続く。
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