結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

まとめ1:東京のフレンチはコンプレックスビジネスそのもの。

2012-09-13 Thu 12:00
公開記事です。



注意:
最初にお断りしておきますが、このブログで書かれる
『田舎モン』とは精神性のことであって
地方出身者の総称ではございません。
なんだか知らんが日本語不得意なのか
読解力が無いのか?
そこを間違って読んで因縁つけてくるのがいるので。

東京生まれ東京育ちにだって
田舎モンと定義できるひとは沢山います。
『田舎根性』とは単に各個人が持つ精神性の問題なので
南米に住んでようが、マダガスカルに住んでようが
田舎もんではないひとも沢山居ます。
逆に大都会ロンドンやニューヨークに住んでたって
目も当てられない田舎モン一杯居ます。

田舎モンとは生まれた場所や住んでる地域を
指しているわけではございませんので、
そこ間違って、うだうだと本筋から関係ない
アホな言いがかりをつけてこないように。




===
さて、結論からいうと。
田舎モノの究極の集合体である東京という街で
フランス料理のレストランをやる場合には
新規参入者が最初からホンモノなんて
追求するべきじゃないって事。

すべきじゃないって言うか、
それはあまりにも無謀だし無駄だ。

価値のわからない人たちに向かって
本物を提供することくらい愚かで無駄なことは無い。
解らない人にはそれなりの程度のものを
与えておけば良いのである。

商売とはボランティア活動ではないのだから。

誠実に商売をすることは正義ではあるかもしれないが
正義は万能ではないのだ。
正義では人は幸せになれない。


儲けてナンボ
勝てば官軍だ。

これって今更わかった話ではなく、
特殊な土地で商売をやろうと思ったら
そこに居る人たちが何に対して財布の紐を
緩めるのかを考えないといけない。

多くの一般的なフランス料理店なんてものは
東京に住む田舎モンにとっては英会話やダイエットと同じ
コンプレックスビジネスの一つなのだから。

一般的な収入しかない庶民が、清水ジャンプしなくても
ちょっと普段の外食にお金を足せば手が届く範囲の値段で

「私って青山や麻布十番、代官山で
シャンパン飲みながらフレンチ食べられるほど
大人になったんだわあ~」


と確認行為が出来ないと流行らないのである。

それが証拠に、お洒落気取りどもが
これでもかというくらい、ツイッターやら
フェイスブックにシャンパンで乾杯してる画像を
アップしてるじゃないか。

とっとと美味しいうちに食べればいいものを
出された料理の温度のタイミングも無視して
大撮影大会を長々とやり、
撮影が終わるとみんな黙々と食べるのではなく
なんと全員がスマホでフェイスブックやツイッターに
黙々と画像をUPし始めるという。

なんとも奇妙な光景が繰り広げられる状況を見ても

彼らは味わうことが第一義ではなく
フェイスブックやツイッターで
東京のお洒落な場所でフレンチを食べる自分のアピールで
忙しいのであるからして

あれはもう単純に
「こんなにお洒落でステキな私を見て!」
とアピールして

コンプレックスを克服したんだぞ
東京でお金使って遊べているんだぞという
承認欲求をSNSで満たしているに過ぎない。

東京のお洒落フレンチというのは
正にコンプレックスビジネスそのものなのだよ。


要はシェフがどんなに美味しくて素材が良く
素晴しい料理をつくったとしても
ツイッターやフェイスブックに載せる有り難味が
スパイスとして皿の上に無いと
彼らには何の意味もないのだ。

重要なのはシェフの腕でも味でもなく
フォトジェニックな料理のカラーや
盛り付け、あっと驚くような斬新なサーブの仕方。
そしてお洒落な立地である。

松戸のフレンチでシャンパンで乾杯!と言うよりも
青山のフレンチでシャンパンで乾杯!と言う方が
コンプレックスは百倍満たされるのだから。


そこで求められてるものはホンモノではなく
ニセモノ。
偽者とは言いすぎか

じゃあ言い換えるか。

地味なホンモノより見栄えがいいフェイク


その手の歪んだ承認欲求を満たすには
フレンチの素材も味もシェフの腕すら
ホンモノである必要性が無いのである。


コンプレックスビジネスの代表格である「英会話学校」
例えて言えばより一層理解し易いか?

本格的な通訳養成学校みたいな地味な学校で
日本人の優秀な先生に文法や発音をみっちり鍛えてもらうことは
本人の英語コンプレックスの穴埋めのために
英会話教室に通う人間は求めていない

この手の英語コンプが原動力の田舎モノは
100%白人至上主義であり
英会話を白人から学ぶカッコよさだけは外せないので
駅前留学で見た目が白人であればよいのである。


どんなに訛ってる英語を喋る頭も質も悪い白人の外国人講師なら
誰でもいいのだ。

白人相手に天気の話をなんとなくかっこつけて
ネイティブにちかい風発音で話が出来たら、
彼らのコンプレックスは
簡単に解消されるのである。

そして自分の言いたい事を言う場合

「YOU KNOW?」

を付けて言えるようになれば
理想の英語ぺらぺらイメージが実現が出来て
満足度アップ、

こんな程度で満たされる英語コンプレックス。


東京でクラシックで高額なフレンチが軒並み苦戦し
そのかわりフレンチなのにパスタがメニューにあるような
意味不明な線引きのイタリアンだかフレンチだかすら
料理のカテゴリーすら曖昧な激安フレンチレストランが台頭するのは

正に、この通訳になりたいほどの英語力を付けたいと思ってないけど
英語コンプレックスはかっこ悪いから解消しておきたい層に
手軽な駅前留学が受ける。という構図と全く同じ話なのである。


コンプレックスの解消装置として
存在意義を見出す東京のフェイクフレンチ。

田舎モン相手の商売としては
ドンピシャ
両者の利害が一致している
好例なのではないか?

フェイクが悪だとは言ってないよ。


いつの時代も需要があるところに提供出来ることが
何よりも儲けられる要素なのだからさ。


なんだか思ったより書きたい事が増えて
長くなったので

次回につづく


(これは新作書下ろし付きですよ)

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