結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

考える旅行記

2012-05-14 Mon 22:45
これはツイッターでツイートしたものをベースに
加筆修正してまとめたものです。
けっこう多くの部分は書き下ろしだよ!


kyuinblog010



世の中には面白い旅行記ってのはなぜ存在しないのだろうか?


どの旅行記を見ても
「朝起きて歯を磨いてご飯食べて寝ました。」的な
単純な行動の羅列ばかり。

知り合いがこれを旅行記の金太郎飴現象と名付けてたけど
本当にその通り。

大体の構成は

- 観光地の有名建造物を撮影した下手くそ画像
- ピン呆けホテルの画像
- 有名レストランで高いもん食ったぞ自慢と
  +色の飛んだ不味そうな食べ物画像
 

その場所に行って嬉しかったのかすら書いていない
そう、個人的な思いの無い
それでいて情報量もなく参考にもならない内容で
ほんとにつまらん旅行記ばかりだ。


今、読者のみなさんの声が聞こえました。

「だって、普通の旅行者はあなたの様にキュインしない。」

普通はあり得ないような経験はせず、
旅を穏やかに終えて帰ってくるからね。

というご意見もあるでしょうが、

何事も起こらなかったから
感想も無いのか?
そんなはずは無いと思うのよね。

旅先で何を思ったのかすら書いてないと言う意味で
とことんつまらん旅行記だと思うんですけどね。

その人の視点が欠落した旅行記ってつまらんだろ。
記録としても無価値だ。


旅行記に観光地としての情報が一切無くても、
行った本人のその地に立った思いとか、
感情とかが記されているほうが面白いと思うんだよな。


バックパッカーのバイブルといわれる
沢木耕太郎の
深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)
(1994/03)
沢木 耕太郎

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深夜特急が未だに面白いのは

この作品の凄いところは旅行記の形態を取りながらも
一人の人間のいきざまを書いた物語だからなんだよ。

旅に出ると必ず起こる
人種は違えど、人間と人間とのふれあい
思いのぶつかり合いなど
旅行記の中に人生のドラマが沢山あった。

インターネットで知らない人たちの
人生の一ページをそっと共有できるようになった今
残念なことに、無限にあるはずの旅行記なのに
ドラマが感じられるものが極端に少ない。

本当に面白い旅行記が読みたい。


そもそもど素人のクソ記憶力で書かれた旅行の記録なんて
資料として価値ゼロだ。
価値ゼロどころか嘘の情報を書いてあることもあるから
何も書いていないほうがマシというレベルのものまである。

だって、旅先の店の営業時間やアクセス方法の正確なデータなんて
今やネットで直接その店のHPに確認する事が容易。
心配なら安い国際電話で営業を問い合わせるかもしくは
メールでことは足りる。

そうなると一般人の旅行記の存在価値って
記録やデータには無いと言うのが私の結論である。

具体的に言おう。

例えばだ、多くの場合乗った飛行機の便名、
目的地のスリーレターコードすら正確に書けないレベルの
恐ろしく老化した残念な記憶力と、
それを書く前に間違ってるか否かの確認をしようともしない人が、
これ以上雑に出しようが無い情報を書いた旅行記録なんて、
邪魔になる事はあっても資料として役に立つ事なんて無い。
私から言わせれば、その程度の覚書が後の自分の参考資料になるなんて
どあつかましいわ!!!である。

そんなクソ記録書く暇あるんだったら
その地に行った自分の感想位書いとけと思うけど
そういう自己満足記録にはそれすらもない。

何の為にネットにUPして全世界の人が
自由にアクセスできる場所においてあるのか

ただ

ニューヨークに行きましたあ!

といいたかっただけちゃうか?

と胸ぐら掴んでど突き倒したい衝動に駆られる。


そういえば、
読書報告と映画鑑賞の報告も面白いのって無いね。

あえてここで報告と書いてるが、

旅行報告も「行きました楽しかったです。」
読書報告も「読みました感動しました。」
映画見た報告も「面白かった考えさせられました。」

としか書いてない。

どう思ったかが一切ないから私にはとてもつまらなく思える。

小学生に作文指導してた時、
どの学年でもこの
「自分の意見を書こう、思いを書こう」
と指導しないといけなかった。

子供達に何も言わずまず文章を書かせると、
見事に全員起こった事象の羅列をする。

自分で考えてそれを文章にする発想が無いのだ。

何かを考えると言う習慣が一切無いのは
気持ち悪い位にある意味見事だったよ。


そして読書感想文書かせたら
書き方のコツを指導する前はほとんど全員が
読んだ本のあらすじ書くんだよね。
これには思わず爆笑した。


次に「これは感想文ですよ」とヒントいうと、

面白かった、考えさせられた、悲しかったとしか書かない。

そこから膨らませると言う発想が無いのだ。


旅行記をかけない人たちもこのバカガキどもと同じだ。

普段から自分で何かを考える習慣が無いから、
楽しかった、面白かった、考えさせられた
以外の言葉が出てこないのである。

何も考えて無いから
クソ役にも立たない嘘情報と
ブスが厚化粧して誤魔化したような
修正アプリでモノクロにした画像なんかを
たらふく詰め込んだ中身空っぽの
金太郎飴旅行記を作ってイッチョ上がりなのだ。

そんなもん書いてたのしいのか?
楽しいんだろうね。
考える力の無い脳みその弱い人たちだもん。

さて、
私もけっこうこのブログでも言ってるけど、
自分の覚書の為にブログとか書いてるんだよって言う人。
だったら何故、不特定多数アクセス出来るネット上に書くのか?
それは誰かに見せる為でしょ。

嘘ついちゃダメです。

カッコつけて「自分の覚書なんです。」とか逃げないように

そんなこという人は嘘つきです。
閻魔様に舌抜かれるよ。

だってもし人に見られることを前提にしてないのなら、
ワードで書いて自分のPCに保存しておけば良いではないか
別にネットで書く必要は無い。
モット言えば小学校この頃鍵付きの日記帳が流行ったけど
あれ買って来てチマチマ書いて家の本棚に隠しておけばよい。

正直にいえよ
なんでネットで誰でもアクセス可能にしてるとこに
その旅行記アップしてんの?って話よ。

ネットに書くということは
無意識でも誰かに見られることを前提に書いてるはずだ。


ここからはあくまで自己分析ですが、
そこにはやはり、自己顕示欲(自慢)だったり、
承認欲求だったり、共感を求めてたりと、
人に見せることを前提とした複雑な思いがある。


自分の覚書と言う目的だけならば、
鍵つき日記帳というアナログはありえないにしろ
ドキュメントにして自分のPC上で管理すりゃいいのだ
わざわざネットワークに載せる必要はない。


で、言いたいのは

自慢結構、承認欲求大いに結構。
だけどそれに付き合った読者に是非一緒に何か考えるという
一時が持てるようなあなたの思いを書いてほしい。

おいしかった。楽しかった。上辺だけの感想ではなく

腹が立ったこと。悲しかったこと。
強く思いをはせたこと。
その国に対して思ったこと

一つだけでいいから
あなたのその年のその日のその時間
感じたことを書いてみてほしいと思う。

自分の覚書、大いに結構。
でもそれは後に全く無駄になるであろう
旅先の生ものである情報ではなくて
自分の心の覚書であるほうが
何十倍も後で読み返したときの自分への価値が
上がると思うんだよね。

人のためではなく自分の為に旅行記を書こうよ。


その時の心の動きや感情がよみがえってきて
十年前の自分の気分や空気が読み取れたら
それは本当に自分の覚書になると思うんだよね。


さて、これを読んだ人たちよ
私に面白い旅行記があったらこっそり教えてください。
楽しみに待ってます。




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コメント
Re: 訂正です
はい
> ・・・すみません。キュインそのものが平凡なんてとんでもないです!「ありえないレベル」と訂正させてください!!
SUZU #- 2012-05-31 (Thu) 20:04
訂正です
・・・すみません。キュインそのものが平凡なんてとんでもないです!「ありえないレベル」と訂正させてください!!
つぼ #pZDv/sZ. 2012-05-17 (Thu) 21:16
つぼ様へ
そうです。キュインは取り立てて珍しい事はおこりません。
レストランで美味しく食べてる途中でシェフが注文忘れて帰っちゃったり、
ホテルの部屋に私の名前でチェックインした知らない人が寝てたりします。
問題はその誰でも起こり得る平凡なキュインにどう立ち向かうか!
私の旅行記はそういうノウハウをみなさんが学ぶ場です。
え?誰ですか?そんなの普通じゃ無いなんて言ってる人は!

SUZU #- 2012-05-17 (Thu) 02:38
ネットが発達してプロフィールだた漏れな割に、その人自身の思想や姿勢が見えないという姿なき旅行記や各種blog、そういうのに限って冗長的に長文で読むのが辛いです。

オリジナリティというのは奇抜でおもしければいいのではないですよね。
例えば、SUZUさまのキュインがおもしろおかしいのはキュインそのものではなく、キュインに対しどう立ち向かったかというエピソードの数々(それ自体が実際すごいんですが)が肝であり、自分の頭で考えない人がキュインを書いたら「あー大変でした、困りました」で終わるのだろうと思います。
自分の頭で感じたこと、考えたことを意識することがオリジナリティの発露になるのだと。

blogや旅行記を意識して書いてみるっていい訓練なのかも。。。とblogをサボってる自分が何を言うかですが。

>自分の心の覚書であるほうが
>何十倍も後で読み返したときの自分への価値が
>上がると思うんだよね。

このフレーズにぐっときました。未来の自分への楽しみになるんですね。

>私に面白い旅行記があったらこっそり教えてください。

「SUZUさまの会員向けパスワード旅行記事」とこっそりお伝えします。。。
(全部おもしろけど)これしかありません~
つぼ #pZDv/sZ. 2012-05-15 (Tue) 18:04
miyoさま
miyoさま

筍なんてそんな。実はこっそりブログの更新を楽しみにしております。

自分では何気ない事が他の方からのコメントではっとするって
最近とても刺激的事象だと私も思ってます。
年を重ねると視野が狭くなりがちで
その発想はなかったみたいなのが感じられる事が少ないですからね

おっしゃる通り、例えば情報としての電車の乗換えだの、
切符の買い方だのは
地球の歩き方にほぼ正確な情報が載ってます。
そんなものより、個人の体験が聞きたい。
ガイドブックに沿って切符を買ったときに感じた
券売機のユーザーインターフェイスだったり
日本との比較だったり
何かしら考えたことがあるはずなので
それを読みたいなっておもうんですよ。
SUZU #- 2012-05-15 (Tue) 13:58
Re: 読むに耐える旅行記とは
dstarさま

> SUZU様のおっしゃりたいのは文章の巧拙ではなく、どうせ旅行記を書くならば
> その地に行った際のの真率なる思いを込めてほしい、
> その場でしか感じられない書き手のオ・ジ・リ・ナ・ルな気持ちを読みたい、
> ということなのかな、と思い当たりました。

その通りでございます。
文章が上手い下手なんて関係ないです。
だって金とって無い素人の書き物でしょ。そこをつっつくのは
筋が違うもの。
どうせ情報としては無価値どころか害悪であるなら
気持ちくらいは書いて唯一無二のものにしろよと、

> 私は旅行先が決まったら事前に彼の地への旅行記を集中的に読む方ですが、
> これは!とブックマークしたくなるような旅行記はあまり見当たらないですね。

ですよね。
その場所に行って見たいと思わせるような旅行記も無いし
参考になる情報も無い、質としては最低だと思うのばっかり。

SUZU #- 2012-05-15 (Tue) 13:50
大型連休後に雨後の筍の如く、旅行記が散見される今日この頃でありますね(出来の悪い筍の一人としてw)。

今回のエントリー。以前某国でのホテルのトランクルームのセキュリティのおおらかさにびっくりしたことを書いたときに、SUZUさまがコメントしてくれはった内容を思い出しました。あのときかなりハッとしたっけなぁ。

ブログは所詮他者が読むことを意識した自慢話の延長線ではあるのだけれど、素人が書く旅行記のレベルだったら、逆に読み手を意識しないくらいのほうが訪問地の羅列や情報提示にとらわれないで、結果的に面白い内容になるのかもしれませんね~。

素人は無駄にウケを狙うな!って書くとミもフタもないですが(笑)

miyo #fdGsTRjY 2012-05-15 (Tue) 11:44
読むに耐える旅行記とは
こんばんは。お久しぶりでございます。
出版物と違い、ネットの文章はUPされる前に他人の眼に触れることがなく
書き手のレベルをそのまま映しだしてしまうのだ、などと書きそうになりましたが、
SUZU様のおっしゃりたいのは文章の巧拙ではなく、どうせ旅行記を書くならば
その地に行った際のの真率なる思いを込めてほしい、
その場でしか感じられない書き手のオ・ジ・リ・ナ・ルな気持ちを読みたい、
ということなのかな、と思い当たりました。
私は旅行先が決まったら事前に彼の地への旅行記を集中的に読む方ですが、
これは!とブックマークしたくなるような旅行記はあまり見当たらないですね。
…なんとなく尻切れトンボですが終わります。

dstar #aTU3R6M2 2012-05-15 (Tue) 00:52
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