結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

前編:憧れは色あせる:20年ぶりに森瑤子の『情事』を読んでみた。

2012-02-18 Sat 02:00
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香港で目覚める朝、必ず思い出すのが、
作家 森瑤子のエッセイである。
10代の頃読んだそれには
確かこう書かれていた。

香港の朝食はホテルで摂らず
街中のお粥屋に行く。




当時、作家 森瑤子が書く旅に関するエッセイは
それはそれは洗練されているように見えて
その時代まだ他の誰もやってないような
自由に旅することの面白さや
旅先での遊び方が記されていて
ほんとにときめいた。

大人になったらこういう風に旅して遊びたい。

そして今、実際そういう生活をしている。

思いついたときに1人でふらっと香港に行き
混沌とした佐敦あたりのなんでもないお粥屋で
おかゆ

ふーふーいいながら皮蛋痩肉粥を食べている時
あの頃憧れた私になっているのかなと
なんとも言えない感慨を覚えたりして。

作家 森瑤子が無くなって来年で20年だそうだ。
彼女の没後数年は色んな方面から賛美だったり
中傷だったり暴露話だったりと
本当に色んな話が漏れ聞こえていたが
ここ10年はすっかり名前を目にする機会も減った。


最初に作家森瑤子に触れたのはいつだったか。


10代の頃、私はヨーロッパ好きの両親に連れられて
頻繁に旅をしていた。

バブルが始まるずっと前だったし、
海外旅行も今ほどメジャーな娯楽ではなく、
休みのたびにヨーロッパに行く生活なんて
軽々しく友に話すものでもなく

なんとなく自慢げになるのが怖くて
夏休みは何処に行くの?と言う会話に
無難に「熱海に行く」と答えたりしていた。
(熱海も実際に行くので嘘をついてるわけではないが
そのほかにもドイツに行くとかはわざわざ言わない)

今と違ってネットも無い時代、海外旅行に関する情報は
家に送られてくるAMEXやダイナースのカード会社の冊子や
母が定期的に読むハイエンドな雑誌だけ

そこに掲載されている
グルメ評論家が連載していた世界のホテルの朝食とか
雑誌の欧州特集なんかを読んで
子供ながらにこんな旅をしたいとおもっていた。

実際、母と私が雑誌に載っていた古城ホテルに目をつけ
ここに泊まってみたーいと言い出し
当時FAXも無い時代に母がエアメールを書いて
予約を取った事もある。

お手本もなくガイドブックも充実しておらず
文字通り我が家は手探りで欧州を旅していた。

要するに私以上に回数を重ねて海外に旅する人も
まわりにはおらず、
憧れられる存在の無い状態で旅をしていたわけだ。


そこに突然、出てきたのが彼女である。
旅やホテルをテーマにした軽いタッチの小説を書き
エッセイで実際の旅日記を綴る作家 森瑤子は
本当に本当に10代の私の心を射抜いたのだ。

彼女の遊びのテリトリーは我が母校の近くで
住んでいる場所も比較的近かった為
私にとっては雲の上の存在でも遠い憧れでもなく
簡単に言えば真似したい、真似できる憧れだった。
私にとって森瑤子とは手の届かない存在ではなく
すぐそばにいて道標になりそうな存在だったのだ。

彼女のように粋に生きて
世界中を旅したい。

それから1993年に森瑤子が癌で急逝するまで
私は彼女のエッセイやら短編小説やらと一緒に時代を生きた。
1991年~朝日新聞に連載されている小説を読むためだけに
朝日と契約し毎朝連載の出来を母と評価しあったのも
いい思い出である。

彼女の全盛期日本はバブル景気に沸き
日本の未来は本当に本当に前途洋々で明るく思えた。

時代が彼女のセンスにぴったりあって当時の東京で
めちゃくちゃに狂ったようにきらめいていたのだ。

実は彼女のデビュー作すばる文学賞をとった
『情事』を私は彼女が亡くなってから読んだ。

光が消えてしまう前にちょっとの間輝きを増すような
一番輝いていた期間、森瑤子が一番ステキだった時代を
見てきた割には
私は彼女がメジャーになってから初期の
一連の作品に触れたことがなかった。

なんとなく本能的に、
彼女の陰の部分を見るのを避けていたのかもしれない。

20代になったばかりのねんねの私には
デビュー作の『情事』は全く理解不能であり、
消化する事が出来なかった。


正直、大好きな作品「デザートはあなた」を書いてる作家が
「情事」を書いた人と同一人物とは思えなかったほどだ。


今で言うアラフォーの女の焦燥感なんて
二十歳そこそこの小娘に解るはずも無かった。

理解も出来ないし共感も出来なかった。
ただ理解できない違和感が残った。
その違和感の意味が若い私には
全くわからなかった、

そして何度か
自分の人生の節目にコレクションしていた彼女の作品を
整理しないといけない外的要因が私には訪れ
手元に残った文庫本はたった一冊
「デザートはあなた」だけになった。
(これも正確に言うと10年前に買いなおしたものだが)

そんなある日。
ツイッターのタイムラインで森瑤子という名前を
ほんとうに久しぶりに見かけた。
その友のツイートを読んでいろんな事が思い出された。

そういえば最後に情事を読んで20年くらいたった。
要するに森瑤子が亡くなって
約20年の月日が流れたということだ、

何度読んでも共感することが出来なかった
鬼門とも言うべきあの作品を
この年になっていまの私が読んだらどうおもうのだろう。

電子書籍でてっとり早くダウンロードして読もうと
試みたものの『情事』のタイトルをうまく見つけることは出来ず。
駅前の本屋には在庫が無く
ここならあるかもと向かった先はBOOKOFF
森瑤子作品は105円のコーナーに
忘れられたようにそれはそれは沢山並んでいた。

続く
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