結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

死ぬ準備 2011年バージョン

2011-05-16 Mon 20:00
あの大震災と津波とそして原発の事故から二ヶ月が過ぎた。

私は4月に日本を離れて、近所の聖堂の鐘の音を毎日聞きながら
「死ぬと言うこと」について考えている。

この数ヶ月の間で『人間は必ず死ぬ』という当たり前のことに
やっと気が付き始めた人が増えたとしたら、
それはとても良いことだと思う。

逆に言えばこんなシビアな災害の中に身をおきながら
死について考えないとしたらそれはどっかおかしいんだとおもうがな。

いままでは自分の人生の中の必ずある出来事なのに
「死」というものに向き合わない人たちを沢山見てきた。
まるで、自分は不死身だと言わんばかりの根拠なき楽観をする
頭が残念な人たちは見事にあっさり死んで行き
残された人たちにお約束のように迷惑を掛け捲っていた。


まわりがそんな調子だったのでそれをきっかけに
2004年に書いた日記がある。
「死ぬ準備」という題名でエントリーした記事だ。
まだブログという形式も無く「日記サイト」というものに
1000文字制限に泣きながら文章を書き散らかしていた頃である。

 注:読んだら戻ってきてね。

死ぬ準備


 お帰りなさい


もともと「死ぬ」という事を予測したり、想定したりすることは
昔から【不謹慎】だと言われてきた。

『縁起でもない』と言われるその「死」は

実は確実に万人の上に唯一満遍なく降りかかる定めなのに。



実際に震災と津波の難は逃れたものの、
二ヶ月たったのに原発が全く安定していない現実は
いつか自分の身の上に起こるであろう死が確実に
引き寄せられていることを示している。

それだけではない。

留学先の地震で校舎が倒壊して命を失うなんてこともあったし、

激安ユッケを食べただけで死んでしまうとか
車両が小学生の列に突っ込んで何人もの死者を出したりとか

今後のことで言えば
原発事故で汚染された食物を今後半永久的に食べ続けなければならなくなり
内部被曝をするんじゃないかと怯えたり
ビンラディン暗殺による報復テロがあるんじゃないかと警戒したり

とまあ現代社会というのは死と隣り合わせにあるといっても
言いすぎでは無いだろう。

2004年の記事の冒頭でも書いたが

現代社会は危険が一杯である、いつ死ぬかわからない。

これは紛れも無い事実である。


さて、この世に生まれ出た瞬間に既に決まっていることは
人間は必ず死ぬということなのであるが
「死」に関しての認識は三つに分けられる事を発見した。


1:常に明日は死んで自分は居ないかもしれないとおもって
  遺言状を書いたり、委任状を書いたり、残された家族の為に何かしらの
  アクションを取ってる人

2:人はいつかは死ぬということはなんとなくは知っているけど
  何も対策をしていないちょっと残念な人(=大多数がこれ)

3:死をまったく考えて無い恐るべき「無知は無敵」いきなり死んでしまう
  残された人に丸投げ型な人


まあ、私は10年前にこの日記をはじめた時から、
人を不快にする毒舌で売っている(売れてないけど)キャラ設定なので
そのポジションから言わせて貰うと
種別3の人に関しては存在自体が愚か過ぎて、
どーでもいい人である確率が限りなく高いので
係わり合いにならないに越した事は無いであろうとはおもうんだが

一番困るのは2のタイプ

なんとなく人は死ぬと言うことは知ってるけど
自分の死に向き合ってないので、
きちんと残されたものにして欲しいことを伝えて無いとか
準備して無いとかいうのが非常に厄介なのだ。

要は種別2の方々が人口の中で一番パーセンテージの多いので
係わる確率も高いのよ。


で、何が言いたいかって言うと

いま若くて健康なうちに自分が死んだときにどうして欲しいか
書き記しておきましょうってことなのだよ。


多くの種別2の人たちが種別1に移行してくれたら
ドンだけの人たちの手を煩わさないで済んで、
そのうえ自分の願いも叶えられるか

メリットしかないではないか。

あの津波と震災以降、日本人がいままでのくだらない思考を捨てて
いい風に変われるか?とちょっと期待したんだけど
どうも皆さんどう変わっていいのかすら、
「自分で考えて行動する習慣が無い」残念な人たちにはわからんようで
元に戻りたいってことばっかり思ってるような気がするから。

「自分の頭で考える練習」として

まず自らの死と向き合うことから始めてみてはいかがか?と
私からの提案である。


ホントなら自分の頭で考えろって突き放して言うところなんだけど、
いま私は2004年からは7年もたっていて
かなり性格も穏やかに優しくそして丸くなっているので

何を書いていいか解らない人に手を差し伸べることとする。


★ 葬儀の形式
  例:宗教はどれにするのか・火葬なのか土葬なのか、
  見栄っ張りなのでブランド寺でやりたいなど

★ 棺には何を入れてほしいのか?
  例:お金と宝石とか毛皮とか生前強欲だったことがわかるもの

★ 自分の亡骸には何を着せてほしいのか?
  例:全身ヨージヤマモトにしてくれとか

★ 靴はどんなものを履かせてほしいのか?
  例:マノロかルブタンじゃないとイヤとか

★ その他希望
  例:花と線香は嫌いなので禁止とか

★ 墓の場所
  例:墓は絶対青山墓地、散骨はハワイの海にしてくれなど

★ 遺産や高価な物品の山分け
  例:大事な一張羅のバーキンは強欲な嫁にやりたくないので
    ヤフオクで売って日本赤十字に寄付しろなど


注意:ここに書いた例は私の希望ではなくあくまで例ですので勘違いしないように。


とまあこんな具合に、若くて健康な今だからこそ
例えば夫婦で向き合って話し合ってお互いに書き記したらどうだろうか?


万が一「死を考えるなんて縁起でもないとか、不謹慎だ」なんていうような
夫や妻なら、きっと有事の際には全く使えない人材である事が
簡単に予測できるので、そんな馬鹿とはリスクヘッジとして
今すぐ離婚する事も合わせてオススメする。


では皆さんの「死ぬ準備」こんな事を考えたとかあったら
是非コメント欄で教えてください。



そして最後になりましたが

私が棺の中ににいれて欲しいものは、宝石でも毛皮でもなく
大切な仲間たちの「思い」です。

私を思ってくれる仲間の「思い」を持って旅立てたら
すばらしいことだと。

そしてその思いこそが天国で再会できるきっかけになるだろうから。


私にとって一番大事なものはお金では買えない「思い」なのだと
はっきりとわかった今
恩は恩で返すという今までの自分の身をすり減らす生き方も
間違っていなかったと胸を張って言いたいと思います。


いま私の周りに残っている仲間達に改めて御礼を言います。


ありがとう。




それからいま大事なものを思い出した。
「思いだけでいい」なんてカッコイイことを言った数秒後に悪いが
私の棺には腹巻パンツだけは忘れずに入れてくれ!
腹冷えると腹Pになるんでそこんとこだけよろしく!
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コメント
はじめまして
はじめまして。どなたかの(流れが早くて誰かわからず)フォローのリツイで知り、ここにたどり着きました。SUZUさんのツイートも時々リツイートさせて頂いております。

エンディングノートは2年ぐらい前から書いてます。ここ数年体調を崩し、死を身近に感じるようになったからです。
死後のお墓や葬式等は書きましたが、財産(といってもほとんど物だけ)と夫や子どもに対する言葉で詰まり今に至ります。
これを書くまでは死ねない!!!と思ってます。

他のブログも読ませて頂きましたが、面白いですね。

時々遊びにきます。

それでは失礼しました。


ぐりぐり #hvH24ACQ 2011-11-28 (Mon) 21:52
久々の更新ですね

数年前、

誰にでも平等で必ず与えられるものは「死」で「死ぬ」ことは悪いことではない

と沖縄に遊びに行ったとき何気に地元のおじいから言われたことを鮮明に覚えています
何でこんな会話になったのかは覚えてないけど、何故か強烈に覚えてます

「遺書を書く」というと印象悪いけど、「先のこと、深い将来を考える、プラン立てる」こう考えれば・・・

とおもいました。
bianco #jVHjcq8A 2011-05-22 (Sun) 11:27
Re: タイトルなし
> 名前もかけない馬鹿で #M87Me3TM は私dstarでございます
> お目汚し大変失礼いたしました

文章の感じで100%わかっておりましたよ。
SUZU #- 2011-05-18 (Wed) 17:02
Re: 毎年の行事
毎年お正月に書き換える習慣これはいいですねー。
人の気持ちは代わるものだし。永遠に同じ考えではないので。
今仲良くしてる人が突然裏切るとかあるんでね~
嫌な話ですけどそれが現世というものなのかもしれません、
SUZU #- 2011-05-18 (Wed) 17:02
名無しさん
棺に何を入れるかってのは色んな宗教で共通している考えですね。
どこかの国では天国でもお金に困らないようにダミーの札束入れて燃やすって
聞いたことあります。
それが現世から黄泉の国へと旅立つ儀式だとしたら。
やはり現世に物を残しておくのはよくないのかも。

取りに来ちゃうので成仏できない

だからやっぱり持ってたものは捨ててくれとちゃんと書き残しておかないと。
SUZU #- 2011-05-18 (Wed) 17:00
miyoさま
そうなんです、究極は託す相手がいるかどうかなんですよね。
配偶者でも、近親者でも、そして親友でもいい。
誰か1人理解者がいることが一番重要かと。
それこそが生き様なんじゃないかとすらおもうのです。
SUZU #- 2011-05-18 (Wed) 16:57
つぼさま
そう、ゴミが一番困るんだよな。
残された人のセンチメンタリズムでなんか全部とっとくって
やっぱちょっと現世に引き止めるようで
宗教的にはいかんと言われておりますからね。

綺麗さっぱり処分するようにってのも
きっちり書いておかないといかんですな。

SUZU #- 2011-05-18 (Wed) 16:56
CTO
エンディングノート、見てみましたがあんまり魅力的な
中身ではないですね。
小学校の時得意だった科目とか。なんじゃそりゃ?って感じで
けっこうがっくりきました。
やはり自分のオリジナル手順書が必要です。
SUZU #- 2011-05-18 (Wed) 16:53
lilymiyaさま
>でもね、夫はそういうものを書く気はないのが困りものなんです。

まさに種別3の人なんでしょうか?
突き詰めるとこれは相手(配偶者や残された人)への思いやり
って話になるので
旦那様は残念ながら自己中心的で
思いやりの無いお方なのでしょうかね?
もうちょっと、腹を割って話されてはいかがでしょうか?
実はこっそり書いて隠してあるかもしれませんよ。
SUZU #- 2011-05-18 (Wed) 16:51
名前もかけない馬鹿で #M87Me3TM は私dstarでございます
お目汚し大変失礼いたしました
dstar #M87Me3TM 2011-05-18 (Wed) 09:39
毎年の行事
ご無沙汰してます。SUZU様、皆様。かなり久々のコメントで緊張してますが、本当に同意なので書かせていただくことにしました。
私も前のSUZU様の記事を見てから、つたないながら個人的に残された家族に毎年死後に見る手紙を書いてます。私は大晦日からお正月にかけての行事の一つにしてしまってますが、毎年日を決めて書くのも案外いいかもと思ってます。
内容はそれほど細かくなく、ウチの場合は残されるのが子供だけなので、こういうことは誰に相談しろとか、この人が何を言ってきても言うこと聞く必要が無いとか、生命保険が入った場合の分配の仕方などです。
でもまあ、何もないよりは彼らが迷わなくていいかなと思ってます。
私も墓をもたないので死後の処理をどうしてもらうべきかはちょっと迷ってるんですけどね。
JORI #xfH9rAAU 2011-05-18 (Wed) 03:34
旅先ではなぜか「エジプト王朝展」的な催しに遭遇することが多い私です。
彼の地の古代宗教は『死後の宗教』とも呼ばれるそうで、あの豪華な副葬品の数々は、黄泉の国に旅だった人が困らないように一緒にお墓に入れられた品だそうです。あの酷薄なる生活環境は古代の人々をして常に死を考えさせていたのかもしれません。今現在の日本も形は変わってもかつてなく死を考えさせるような報道や状況が続いています。かつて伊丹十三がエッセイで
たまにはホテルにでもこもって、週刊誌やテレビ、全てのことから離れて自分の心の河床を見つめる機会を持てばいい、と書いていたことがありました。
忙しい日常やイベントから離れ、静かに自らの最後を思うことを突きつけられているような気がする震災後です。
私はできるだけ残った人に迷惑がかからないようにして欲しい、残ったモノも何もかも好きなように処分してくれて構わないと思っています。それを今のうちにちゃんと伝えないといけないですね。

名前もかけない馬 #M87Me3TM 2011-05-18 (Wed) 03:02
うえーん。なぜか不正な投稿になってしまう・・・<キュイン??

ということで再チャレンジさせてくださいっ(記録残ってたら笑ってください)。

私自身は海外旅行へ行くごとに帰れなくなったとき(死ぬことを含めて)のことをあれこれファイルにして実家に預けていますが、内容的にはまだまだ足らないよな~。またこれを機会に練りなおさせていただきまする。

つらつら考えていて思うのは、究極的には死の間際に託すことができる人間がいるということに尽きるのかもな~と思ってしまいました。そういう意味ではSUZUさまの『仲間の思いだけでいい』というのとつながってるかもです。
miyo #fdGsTRjY 2011-05-17 (Tue) 07:43
前回2004年の記事を読んだとき、目からウロコでした。
死と向き合ってその準備をすることは無駄な紛争の低減にも重要ですね。。。
私の場合は、こだわりとして希望の墓を身内に示してますが聞き入れられるか不安です。。。でもこの件はとある人物に最後は委任することでヨシとしています。
あとは身内や親戚の死に触れることが多くなった最近、「高級でない、本人以外にはどうでもいい物品」の扱いについて、残されたものが迷いなく処理できるよう指示しておく必要性も実感しています。
大抵の人はどうでもいいものでも想い出や情を見てしまうらしく、長年、遺品という名のゴミたちに囲まれた家や部屋をたくさん見てきたので、、、それが世代を渡って残されると処理する方が大変。
なるべく生前に整理をしつつ、遺言で一言「コレとアレ以外は捨てとけ」という指示でいいかもしれませんが。笑

あと、SUZUさまもおっしゃってますが最後に大事なのは「思い」なのかなぁと。
自分の死を考えるとき、誰にどんな思いを残していきたいか、ということをよく思います。
私のような財産を持たない庶民の場合は、残される大事な人たちへ「思い」を伝えたい。
大事な人は誰をさすか、私は何を伝えたいか、時折内容が変更し考え込むテーマなのでこそこそ下書きや書き直しばかりで、いざというときに間に合わないんじゃないかという本末転倒なところを直さないと、、、と思いました。
つぼ #pZDv/sZ. 2011-05-17 (Tue) 02:30
近年、穴埋め式で記入する「エンディングノート(←検索すると出てくる)」というのも販売されているので、何を書いていいのか皆目見当がつかない方は使ってみるのも良いかもです。(私はこれを使わず、独自に手順書を作って家族に渡していますが。)
CTO #qsvP4ThM 2011-05-17 (Tue) 01:57
SUZU様のおっしゃることは、とても必要なことと私も考えます。
父が亡くなり、父の実家とのごたごたを見た私は遺言状とまではいきませんが、夫宛に「手紙」を持っています。(10年前に書いて、それからちょっとずつ書き換えてはいますが)
死なずとも自分で自分の意思表示が出来なくなった時のことを考えただけでも恐ろしく思えますし、こうして欲しいというはっきりとした意思を綴っておくというのは大切だと思っているから。

でもね、夫はそういうものを書く気はないのが困りものなんです。
lilymiya #mQop/nM. 2011-05-16 (Mon) 22:21
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