結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

旅とは夢である

2006-09-13 Wed 16:44
ek001

上の写真はこの夏の旅行時に
ファーストクラスの席でドンペリを飲みながら
ヒマラヤ山脈を楽しんでる時に撮ったものである。


人生とは旅である

ってどっかの誰かが言って
無能な奴らが手放しで大絶賛してたけど。


私にとって旅ってナンだろうと
ふと考えた時に


旅って夢だと
どっかの誰かよりはちょっとだけマシなことをおもいついた。


角田光代がスキだと書いたが
残念だけど
彼女の紀行文は私にはつまんない
バックパック背負って東南アジアの国々を
バスで回るなんて。
そんな価値観は共有できない。


旅を書かせてピカイチな作家が居た。


森瑤子である。


彼女ほど素晴らしく粋で
素晴らしくゴージャスで
素晴らしく夢のある旅を書けた人が
いままでいたであろうか?


まだ10代だった私は
彼女のエッセイを読んでえらく刺激を受け
こういう旅をしてみたいもんだと
ずっと思っていた。

彼女の書く旅のスタイルは
当時の日本人にとっては
想像の範疇を超えていたに違いない。

だって、当時はパックツアーで旅行に行くのが普通で
個人旅行なんか皆無だったし
だいたい海外に行ったこと無いって人も多かった。

私が赤ん坊の頃からハワイへいったり、
海外に出ることが普通の生活をしてるという
スタイルはかなり特殊なことであったのだ。

だから、お手本になる旅のスタイルなんか
存在しなかったし、
常に時代のほうが後からついてきた感じだったので
憧れるべき存在の作家森瑤子を見つけたときには

「これだ!」とおもったものだ。


彼女の旅のスタイルは
当時としてはありえないほどゴージャスで
いまや普通になっている
アジアのビーチリゾートで
プライベートヴィラに泊まるなんて事を
サラリとやってのけていた。

日本人が海外へ出ればとにかくブランドショップに
買い物に走ってる時代に
森瑤子はカナダに島を買い
そこに別荘を建て
究極の旅の形を実現していた。
与論島の別荘だって、
あの時代の日本人の旅のスタイルからは
考えられないような発想から
建てられたものだったようだし、

とにかく何から何まで
粋でカッコよかった。


旅ってのは非日常である。


だからこそ、夢であってほしいとおもうのだ
人生が究極の現実なら
旅は究極の夢である。


だからこそ、私はバックパッカー旅行ではなく
思い切り豪勢な旅がしたい。

私は夢を見るために旅をするのだ。


眼下に広がるヒマラヤ山脈も
目の前に展開するゴビ砂漠も
全部、小学生の時に
世界地図帖で見たそのままの形である、


そんな夢のような体験を
沢山積み重ねる為に
私は旅に出るのだ、


超現実世界の中にある人生という時間軸において
少しだけ夢を見るために旅をするのだ。

旅とは人生の中の夢であり、夢は旅の中にある。







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