結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

大人の心得3

2005-05-22 Sun 00:00

(上からの続き)

人の無意識のスタンダードって怖いと思う
知らず知らずに相手を傷つけてるかもしれない。

「学校どこですか?」の質問だって
家の事情でその人が中卒だったら?
極端な例だけど、自分の周りに大卒か院卒か
しか居ないからって「何処の大学卒?」って
聞くやつ。視野狭すぎ、

「ご両親はなにやってるの?」
両親が揃ってるなんていうのは自分には当たり前だけど
もしかしてその人が孤児だったら?
そのひとの親がリストラされたりしてたら

「ご主人は何やってるの?」
旦那さんが不治の病で入院中だったら?
旦那さんが浮気して出て行って音信普通だったら?

「お子さんは?」
1年前に死産してたら?
一週間前に交通事故で亡くなってたら?

上にあげたのは極端に不幸な例で大げさかもしれないけど。
私は相手がわからない場合、どういう状況かも予測できないので
絶対に聞かないようにしてる。
相手が喋ってくれた場合のみ話題に挙げることはあるが。

それに関連しての話だが
仲良しなんだから何でもかんでも打ち明けあうっていうのも
私は偽善に他ならないと思ってる。
大人として付き合いをするなら
「何でもかんでも打ち明ける」ことが
仲良しの定義なんてクソくらえだ。
そんなことでしか成り立たない友情なら私は
友情なんていらない。

誰もがホンネだけで付き合ったら
世の中無茶苦茶になる。

「本音と建前」って実は人間界をうまく回していく上での
ものすごい高等技術なのだ。

世の中というのは本音と建前があって当然
他人同士が好き勝手なこと本音で話すとかいう
偽善的な空気の中で言い出したらどうなるか?

ホンネを語り合わないのと同じように
相手のプライバシーを質問して根掘り葉掘り聞きださないってのも
人として最低限の礼節なのである。

人として大人の心得があったなら
相手の心の中には踏みこまない。
これは本当に大事なことだと思う。

「知りたいから聞く」
なんていう自らの欲求を満たすだけの行為は
サルの自慰行為とレベルは一緒である。

人として忘れてならないのは想像力である。
相手の気持ちを想像して考える。
せっかく脳みそがあるんだから
そう言う風にわたしは生きたい。
(って最後だけ宮沢賢治風(爆)

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