結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

願掛けと自己満足

2003-08-29 Fri 00:00

国民性なのか宗教観なのか
わが国の人間って言うのは《精神論》が大好きだなあと
半ば呆れながら感心しているのであるが。

ショーケン(萩原健一)のお姉さんが亡くなった時の
ネット記事のエピソードを読んでしばし考え込んでしまった。
ネットニュース記事

なんでもお姉さんのガンが治るために願をかけて
70キロ歩いたら疲労骨折したとい部分にである。

心優しい方々はこれを読んで
『ショーケンってなんてお姉さま思いでなんて優しいの?』
ってな美談になるんだろうけど
ほんとうにそうかあ???

いやあ、そういうの無駄っていうんじゃないの?
(身も蓋も無いか?)

昔からお百度参りとかお遍路さんとか
この手の願掛け好きが日本人には一杯いるよね
子供が受験に受かるまでタバコを止めるオトーサンとか
夫が昇進するまで肉食べないオカーサンをはじめ
犬の病気が良くなるようにテレビを見るのをやめる
子供とか、
例をあげたら枚挙に暇が無いよね

1番笑ったエピソードは、ある女性が、
いままで最高級シャンプーを使っていたが
自分の商売が軌道に乗るまで
安いスーパーで売ってるシャンプーに替えたと
誇らしげに語っているのを見たときだな。

シャンプーと商売の成果とどう関係があるんだ??

そういうのって

的が外れてるって思っちゃう私はやはり性格悪いんだろうな。

藁をもすがるって言葉があるけど
身内が病に倒れたりしたら
70キロとか歩かないとやってられないんかな

でもさあ、それって自己満足だよねえ
70キロ歩いて救われるのって
結局自分自身だけじゃん。
ガンが治るわけないしねえ歩いたぐらいじゃ

的は外れてるけど「誰かのために自分も犠牲になった」
みたいな免罪符を手に入れるために
人はそうやって願掛けしたりするんだろうか?
だったら尚更動機が不純だよなあ・・・

まあ、各自の自己満足なら勝手にやればいいけど
それを公表するのはまた別の意図が働いてるように
思うんだよね、

「土下座した事話していいですか?」と聞こえるように言った
大門団長と一緒のメンタリティだとおもってしまうのは
私だけだろうか?

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