結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

2015年の私のジェンダー感覚 

2015-10-27 Tue 14:00
食欲の秋、読書の秋ですが
私はどうもブログの秋らしい。
短文がもてはやされ、LINEのせいで
なんとメールすら絶滅すると言われる
今日この頃
ブログという文化も廃れきった
2015年に、こんな長文書いてたんだって
思い出すのもいいかと思って。

世の流れは無視して長文ブログの方針は変えないで生きます。

さて今日のお題は2015年の私のジェンダー感覚。
10/28から渋谷区で
日本初の同性パートナーシップ証明書の受付が始まる。
(交付は11/5から)

2005年頃
そう、たった10年前は意識すらしてなかった事に
ジェンダーの感覚というものがある。

2015年現在、同性婚を認める国も州も出てきて
日本では上記に書いた小さいけど
いろいろ問題はあるけど、
それでもやっと一歩踏み出される日が来るのだ。


こうやって事実上の
同性婚のようなものが日本ではじめて認められたり
ドラマでゲイが主人公だったり
明らかにジェンダーに対する感覚が
変わってきている。

ちょうど今放映されているドラマでも
「偽装の夫婦」というのがあって
ゲイがかつての恋人に頼んで
偽装結婚する話なんだよね。

この10年でほんと世の中変わったわ。

男は女を愛し、
女は男を愛する
という世の中の常識は
時代の常識で、自然の摂理ではなかったのだ

男が男を愛したり、
女が女を愛したり
それもいいんじゃない?
という事をなんとなく、
あーそうなんだ。と徐々に受け入れた感じ。

そうなってくると性別ってもう
なんかどうでもいいような気もするんだよな。

いいじゃんどっちだって。
男か女かどうでもいいよ。



そこで最近私が気になってるのが
ネットで何か登録する際に
性別を書かせる欄の意味のなさ

それ聞いてどうする?的な設問ではないかと
なんとなく嫌な気持ちになるのだ。

私が女だという情報を先に手にいれて
どうするつもりなんだ?と
不信感まで湧く。

それもこれも、
世界中いろいろな場所に一人で出かけて行き
女一人、渡り合ってると呆れるほど
いろいろな事が起こるんだけど
私が女だと見るや否や、舐めてかかってくる相手も
少なくないからなのだ。

女だし、一人だし(連れが居ない場合)
このくらいでいいだろう的な
「あしらい」を感じたことは
一度や二度ではないのだ。


世界中で性別による差別はある。
はっきり言う、女性を男性より下に見るという
差別は結構ナチュラルに横行してる。
それは別に男性によるものだけではないところが
また話を複雑にしている。

人種差別だって
白人からもたらされることよりも
同じ有色人種からやられるのが現実だ。

同様に女性差別は女から行われることも
あったりする訳だ。

女性による女性の差別で一番顕著なのは
同じ場所に行くとくっきりとわかる。
だって私一人で行く時と
夫連れて行く時に態度が変わること
結構多いのよね。

男の連れがいるだけで、
接遇態度が無意識に
変わるんだと思う。
なんか嫌な感じ。
そしてこれは夫婦といえども
夫とは共有できない不快感。

何故なら私だけがされてる差別だから。
夫は男であるがゆえこの女性差別を
一生経験しないのである。
(完璧な女装で一度一人で旅行すれば実感として
わかるかもしれない)



例えばいっつも接遇関連でやられて不快なのが
飛行機の搭乗時挨拶の時ね。

フリークエントトラベラーにむかって
客室乗務員が挨拶するんだけど、
夫と乗ってるとだな、
もう100パーセントの確率で
夫に挨拶するのよね。

あのさー。
私がその貴方が挨拶すべき相手なのですが。

会員本人は女の私です。
横の夫は私に連れらて来てるだけで
特にあなたの会社に夫はお金も払ってないんで
挨拶しないで結構です。
(そもそもなんで挨拶されるかすらも
理解してないほど飛行機興味ないんで)

って思うんだけど
不機嫌な顔して夫にしてる挨拶を見てると
なんか「ご主人様がしょっちゅう乗ってくださって」
みたいなその場を取り繕うような会話まであって
超不満。

注:挨拶してくれって話じゃない。
なぜ男をメインで挨拶するのかって話よ。
↑念のため

日系エアラインって夫婦で乗った時に
「年末年始に長期間旅行に連れっててもらえて
奥様羨ましいです〜」とか本当によく
よくチーフパーサーに言われるんだよね。

子供じゃないんで
あはははとテキトーに相槌打ちますが

だけど
航空券代だしたのも私、すべての計画と予約をし
夫を連れってってるの私なんだけど!
ってなんかもやもや。

夫婦で旅すると夫が妻を連れて行くって
思い込むのも立派な性差別だよ。

こういうのが無意識的な女性からされる
女性への差別ね。

それを差別と言って腹立てるなんて
心が狭いと思われる人もいるとおもうけど
そういう事に「?」って思わん人は
無意識に性差別を自分が撒き散らす危険性があるから
すこし考えたほうがいい。

今年は2015年なのだ。
いろんな状況は動いているのだ。


あとは、日本ではなくアメリカでもよくあるあるシチュエーション

なぜか夫にでかいステーキを置く店員。
あのさ、君さっき注文とった時ひとりひとり
注文をとって、付け合せ聞いて
私がそのでかい肉の焼き加減を指示したよね。
そのでかいほうの肉は私の肉じゃ
チップ貰うんだからそれくらい覚えてろ
ったく。
と腹立たしいわけですよ

これもナチュラルカジュアル差別ですんで。
男の方が大きな肉を食べるはずだという
決めつけによる性差別です。

女の方が小さい肉を食べるという
固定観念こそがナチュラル無意識差別なの。

男は青、女はピンクってのとおなじ。
何故そう決まってるの?
おかしでしょ?
男がiPhone6Splusのローズゴールド持ったって
いいんです。
ピンクは女の色って誰が決めた。


もう一つナチュラル決めつけ差別
酒を頼んでもそう、
私がビール、夫がノンアルカクテルとか
頼むと、必ず私にノンアルカクテル。
夫にビールが置かれる。

これもムカつく。
勝手に決めるな。

夫はたまたまノンアルカクテル頼んだだけだ
男が酒を飲み、女がソフトドリンクって
思い込みこそが性差別だ馬鹿野郎って
しょっちゅう思ってる訳です。

そして自分もまた、刷り込まれたジェンダー感覚で
無意識にナチュラルに女性差別、
性差別をやらかしてるかもしれないって
意識することは大事かもって思ったり。
自分もそういう感覚に敏感でいないと
いけない時代になったなと思うのだ。

ポリティカルコレクトネス 
political correctness
に気を配れるということは
現代には大事だと思うのよね。

こんな感じでナチュラル差別に気づき
無意識な差別に自分自身も日々晒されて
非常に腹立たしいことも多いからこそ
political correctnessについて
ちゃんと考えるようになったので。




===
ナチュラルな無意識差別に
じわじわと傷つけられてるって
自分のダメージを実感したきっかけは


ラスベガスで見た
シルクドソレイユのズマニティを
見てた時だ。

シルクドソレイユは子供も楽しめる出し物が多いなかで
異色の人間の性をテーマにした
いろいろな形の性愛を描いた
ファミリー向けショーの多いシルクドソレイユにしては珍しい
大人のショーだ。

私はこのステージを見て
男か女なんてどうでもいい
人種も性別もない
人間であることで
みんな同じなんだ
存在してていいんだと
メッセージのショーを見て
泣けて泣けてしょうがなかった。

女性+アジア人というダブルマイノリティーであることで
いろいろな国に行き、
いろんな国に住み
いい事ばかりではなく
いろいろ辛い思いをしてきた
自分の人生を照らし合わせて
私はこのショーを見ながら
込み上げてくるものが抑えられなかった。


ショーは
ダブルマイノリティ差別されてきた私を癒してくれるほどに
凄まじく深い内容だった。


私は席でワインをがぶ飲みしながら
泣いたので、
赤ワインの味が涙味になってしまったが
でも本当にいいショーだった。

ラスベガスで酒を飲みながら
性をテーマにしたショーを見ながら
いろいろ考えるって
大人になってよかったなと思える瞬間だった。

今まで見ないふりをして
悲しみをやり過ごしてきたけど。
自分がすごく女であることに
傷ついて生きてきた事を
突きつけられたのもこの時だった。

何らかのマイノリティーとして苦しんでる人
是非このズーマニティってショーを一度見に行って欲しい
いろいろなメッセージが込められてて
自分にすごく勇気が持てるから。

10年前にこれを見ていたら
特になんとも思わなかったと思う。
平均寿命で考えると
人生後半戦に入ってきたからこそ
このショーに感じるものがあったのだ。



だから余計思うのである。
明らかに10年前よりは
世の中はよくなってる。

だからこそ10年後は
もっとよくなっていて欲しいと。
性差別も人種差別も
もうちょっとでいいからマイルドになってくれてると
ありがたいなと。

女だから男だからこうっていう感覚
あと10年後笑い飛ばせるようになってるといいなと思う。

まずはとにかく
話を蒸し返すようだけど
あの聞く必要のない
性別チェックをするフォームの形式は
一刻も早くどこも改めて欲しい。

ホテルに泊まるのにも
飛行機に乗るのにも
買い物するのにも
女性か男性か企業が性別を把握する必要はない筈。

むしろ性別を知ってどうするのだ?
何かに使うならその理由を明記せよ。

フォーム作成者は
いままで書かせてたからという
頭の悪い鈍感さを最大にして作るんではなく
性別を聞く事が本当に必要なのかを
ちゃんと考えてから
性別欄をつくるべし。


残念だけど
男か女かどっちでもいい事のほうが
多いはずなのに、
わざわざ性別を聞くのは何か裏があって
女だということを先にバラすと
悲しい事に不利益しか起こらないことを
経験則で知ってしまうくらいには
私は大人になったということなのである。

まずは
10年後、敬称とかが男女区別なく
統一されてるといいなとおもう。
MissとかMrs.とかは余りにも論外なので
いまや全く見かけないどころか
誰からも支持されない敬称となったいま
Mr.Msとかではなく
日本の「様」や「さん」って
どっちにも使えるから
これが世界に普及したらいいのにと思うのであった。


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