結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

『謝罪の王様』理研はいっそ東京謝罪センターを頼った方がよかろうに。

2014-04-02 Wed 19:30
さて、DVDが3月28日に発売になった
『謝罪の王様』の話を書こうと思うんだけど、

たまたま絶好のタイミングでやってきた
まずはこの記者会見の話からにしよう。


4月1日に行われた理化学研究所の
STAP細胞の論文に捏造があった件の
会見を見てたんだけど。

理研の広報って、あの割烹着の仕切りから
とにかく、こういう俗なマスコミ対応に慣れてないというか
ほんとにピントがずれてるんだよね。
ここの広報が下手を打つのはもう何度目なんだよと。

『謝罪の王様』を見たばっかりだったのと
私もこの手の指導してる立場から
ダメだししまくりたい会見であった。

まず、
野依理事長をはじめとした偉い人たちったら
謝罪で頭を下げる秒数がたった2秒ほどで
あまりの短さに、えーっと思ったんだけど。
せめてあと1秒余分に頭を下げる事は出来なかったのか?
って思うんだよね。

参考動画

2分50秒くらいから

こりゃ人には頭を下げられまくるけど、
自分で下げた事が無い人なんだろうな
とちょっと思ったりして。

特に野依理事長とかノーベル賞学者だしね。
一生の中でこんなに責められ頭を下げることに
なるなんて思ってもみなかっただろう。
人生何が起こるか解んないよね。
運が悪いというかなんと言うか。

ちなみに神戸の竹市雅俊センター長は
一番長く頭を下げていたけどそれでも
4秒いってないという。

天下の理研の偉い人たちがたった数秒でも
頭を下げなければならない事態ってのは
大変な事なんだと思うよ。
おもうんだけど、

今更くだらんプライドなんかこじらせてないで
素直に謝った方がいろいろ得なんだけどな。
その辺の機微がやっぱりこの人達には
全く理解出来てないのねと思ったり。




===
で、本題。
朝ドラ『あまちゃん』のクドカン脚本で
阿部 サダヲ主演の『謝罪の王様』を見た。

実はこの映画、機内の個人用テレビで見たんだけど
エンターテイメントシステムトラブルで
途中までしかみられないキュインに見舞われたのだ。

いや、壊れていたのは私の個人用テレビではないのよ
そこがキュインたる私の面目躍如、

壊れたのはエコノミークラス。
ビジネスクラスの我々はみんな普通に映画を見られる状況だったわけ
でもエコノミーのシステムが直らずに
ビジネスクラスもまとめて強制終了させられたんだよね。

実際機内では大謝罪大会が繰り広げられ
どうやってまずは映画を見てる途中のビジネスクラスの
うるさそうな乗客達に謝るのかなんて観察してみたりして。

そこに『リアル謝罪師』みたいなベテランチーフパーサーがやってきて
ぐちぐちぐちぐちしつこく文句を言うおじさん達一人一人に
リアル謝罪をするさまを目の当たりにして、
いちいち土下座する阿部サダヲを思い浮かべて
笑いをかみ殺すしか無かった。


さて、2−3時間後、
強制終了後リセットかけたのち何が起こったか?

エコノミークラスの皆さんと、
私以外のビジネスクラスの皆さんは
ちゃんと直ったらしく快適に個人用テレビをみてた。

私の席だけ二度と映画も映らなければ
呼び出しボタンも使えなくなり、
あげくライトもつかなかったんだわよ。

ときどき映像がなんとなくみれるような兆候があったけど、
見ようとすると画面はちらつき安定せず、音も聞こえず。
ライトも点かないんで、ふて寝したよ。

誰ですか?「さすが」って言ってる人。

仕方ない、帰りに『謝罪の王様』の続き見ようと
思ったら帰りの飛行機では月がまたがってしまい
同一プログラムはやっておらずという二重キュイン。

結局最後はどうなったの?と
気になる気になる気になる。
DVDの発売を待ちくたびれてたわけだけど。
やっと続きを見る事が出来た。

で、ざっくりとした感想は、
クドカンワールドなので、あのクドカンの笑いが
許容出来ない人には面白くないだろうなってこと。

でも私にはとても面白かった。

キョンキョンが主演の低視聴率だった
あの『マンハッタンラブストーリー』的な
細かい笑いと伏線が大好きな私にはたまらん面白さだったし、

今回はとにかくテーマがツボだった。

『謝罪』なんていう
究極の人のイメージコントロール法がテーマの映画なんて、
人の感情分析が趣味の私にとって面白くない訳が無いのだ。

いやー、最後まで見る事が出来てよかった。
楽しみにしてた甲斐があったよ。

くだらないとかバカらしいと思ってみたら
何の参考にもならんけど、視点を変えてみたら
人心掌握術のノウハウがびっしり詰まってて、
クドカンただモンじゃないなと。

特に中盤、阿部サダヲ演じる謝罪師の黒島譲が
何故謝罪師になったのかあたりのエピソードは
接客指導経験のある私としては胸に来る物があった。

特にこの台詞
謝罪師の黒島譲が
「ただ謝って欲しいだけの人間が、
 世の中には一杯居るんじゃないかって」
 裁判とか、慰謝料とか、示談とか 
 勝った負けたじゃなくてさ、
 ただ=ごめんなさい=が聞きたいだけの人が」

という場面をみて
これは本当にズバリ言葉にされると
フライパンで頭をぶん殴られるほど衝撃があった。


そうなんだよね。
なんで人はその場で自分の否を素直に謝れないんだろうか。
謝る事そのものには何も無い筈なのに
謝らなくていい理由を常に探してはいないだろうか?


===
一度ものすごく心がスッキリする対応をされたことがある。

友人に誘われた集まりでちょっとした出し物があった。
その開始時間が間違っていて
楽しみにしていた私は見る事が出来なかった。
着いたら終わっていたのだ。
わざわざ出かけた私は勿論不機嫌になる。

むっとしてるのは顔に出てたと思う。

その時友人は、なんと私にちゃんとむきあって
頭を下げたのだ
「すずちゃん、ごめんなさい」

笑いながらの軽い「ごめんね」でもなく、
ごまかすでもなく。
真っ正面から私に向き合って
「時間を間違ってごめんなさい」と
彼女はきちんと私に謝ったのだ。

私は面食らった。

そしていままで自分は間違えた時に
こんなにちゃんと誰かに謝れていたかと不安になった。

仲良しだから、ちゃんと謝らなくていいことなんて無いのに、
きっと許してもらえると舐めていた自分が相当幼稚だったんだと、
めちゃくちゃ反省した。

その友人のおかげで、謝る事って何だろうと
考えるきっかけになったのでものすごい学びになった。

そして何より
「時間間違えたくせに」とかそういう
ムカムカが一切無く
謝られた私もすっきりした気分で
次の予定に切り替えられた。

『謝罪の王様』をみて
この数年前の友人の謝罪の場面が
急に思い出されたのであった。

謝って欲しい「だけ」の人がいっぱい居る

ほんと人間関係って
それにつきるんだろうと思う。



===
そもそも、謝るって一体なんなのか?って
じっくり考えてみた。

そして私は友に謝られてすっきりした経験を元に
ひとつ明確にわかったことがある。


相手に謝って欲しいと思う気持ちって、

「ちゃんと自分に向き合って欲しい」

って意味なんだよね。

笑ってはぐらかされたり
そんなに怒らなくてもって言われたり
まあまあまあとなだめられたり、
自分でもよくやらかしてるんで
自戒しないといかんことなのよ。

はぐらかす、誤摩化す、なだめる。
これ全部真正面から謝るべき相手に向き合ってないって
事なんだよね。

はぐらかされたり、誤魔化されたり、なだめられたりすると
腹が立つ。これを

「非を認めてほしい」

という感情だとつい錯覚しがちだけど
よく考えたらそれって

「ちゃんと向き合えよ」

という怒りであることがわかる。

要は相手を怒らせてしまったら、
気持ちを逸らして済ませようとしたり
誤摩化す手法は最悪だって事。

最近流行のクレーマー対応だって
客がモンスター化して困ってるんですって
話をよくよく聞いてると
客に水をやり肥料までやってご丁寧に
モンスター化するように育ててる
マヌケ対応って結構あるんだよ。

それ最初の段階でスッと謝っておけば
こんなこじれなかったんじゃない?ってケース。

要は最初のクレーム内容はすっ飛んじゃって
「ちゃんと向き合え」
っていうクレームになってるケースを
客のモンスター化と言ってる場合が多いのよ。


で、思い出すのが業界では二大ダメダメ会見

もう説明する必要ないくらい未だに笑いのネタになるほど
有名な船場吉兆のささやき女将が忘れられない謝罪会見

そして、社長が意味不明に最初の会見でやたら強気で
素直さが無かった為に話をややこしくし、
「誤表示」っていう言い逃れをするんだ。と
ある意味ここまで愚かなのかと感心しちゃった
2013年の食品偽装問題での阪急阪神ホテルズの会見


両方とも、あまりにダメ対応だったので
見事に勝手に自爆しちゃった例だよね。

悪い例で教科書に載せたいくらいなこの二つ。
これらのバッシングの原因って凄く明確でしょ。

カメラの向こうにいる大衆と真面目に向き合わなかった事につきる。

いろいろやらかした政治家や、
不祥事の対応で出てきた企業の重役たちの謝罪会見を見てて
いつも思うのは、
成功する謝罪と失敗する謝罪ってどこが違うのか?ってこと。

映画の中でいろいろ詳しいレクチャーが
出てくるんだけど

頭を下げる秒数や角度もテクニックとしては大事だ
どう見えるかが全てなんだからこれは無視出来ない。

で、お辞儀がちゃんと出来ないと普通は
お辞儀の仕方すらまともに躾けられてないんかい?
親の顔が見たい!とおもうわけですよ。

そしてこんな地位に就いてる偉い人なのに
頭すらまともに下げられないんか?と
最初のイメージがマイナスになってしまう。
(野依理事長あなたの事ですよ。)

だけどもっと重要なポイントは
大衆にどれだけちゃんと向き合ったか
にかかってるんだよね。

ちゃんと向き合ったら
お辞儀もテキトーに頭さげておわり、
とかそういう舐め腐った態度には
絶対ならんはずなのよ。

公人の謝罪というのは
「申し訳ありませんでした。」
とペコリと頭を下げることではないんだよ

とにかくとことん大衆の怒りに向き合うことが大事なのだ。
ちゃんと向き合ったら自然とどうすればいいか
わかるはずなの。難しい事じゃない。

スルーしたり、逃げたり、隠れたり、
あわよくば公の場に出ないで済まそうとしたり、
ってのは最悪な印象になってしまうってこと。

その辺は自分たちが賢くて大衆なんかバカだって
バカが怒ってるから頭下げときゃいいだろって
思ってるならお手並み拝見したいところです。

バカだと思ってるその大衆も御せないなんて
そっちのほうが愚かしいだろうが。

と言う訳で
理研も一刻も早く東京謝罪センター主宰
謝罪師の黒島譲さんにコンサルをお願いした方がいい。

ここまでこじれた以上
なりふり構わず謝り倒したほうが
後々得だと思うよ。

悪いけど今の状態じゃ
理研を応援する気にはならん人は多いと思う。
どっちかっていうと
「小保方さん頑張れ、負けるな」
みたいな流れになっちゃってるじゃないか。

普通叩かれるのは小保方さんで
理研は騙された被害者でした。
ってことになっておかしくないのに
結果がすべてを物語っている。

何故大衆イメージが
「理研は災難だったね」とならないのか
何故
「おぼちゃん頑張れ」になってるのか

自分たちが初期対応をしくじったことは
きっちり考えた方がいいよ。
このままの理研イメージで放置することは
得策ではない。

イメージ戦略って凄く重要なのよ。
割烹着のリケジョとか出来たんだから
謝罪のプロデュースをしっかりしろ。

遺憾の意を表す為に
理研の壁を全部黒に塗ってみましたとか。
理研の舐め腐った態度を葬る気持ちを表し
生まれ変わるつもりなのでといって
全員が喪服で出てくるとか、
日本中に元気を与えたいとかいって
女性研究者にミニスカートの白衣を着せるとか

是非とも割烹着プロデュースで見せた
底力を見せつけて欲しい。

冗談はさておき、
あんだけのペテンみたいなことを
理研主導でやらかした事は事実だし
そこはちゃんと謝らんといけないと思うのよ。

何事に置いても
謝るべきところは謝る。
話はそれからなのだよ。

でも今回の理化学研究所の会見をみて思った。
この人らは人に感情があることを忘れていないか?と

誰に向かって何の為に謝るのか、
謝る事って一体なんなのか、

彼らにはそこからレクチャーした方が良さそうだと思ったよ。

もしそのあたり学び直す気があるなら
私が東京謝罪センターの黒島譲主宰の変わりに
指導役を受けてあげてもいいけど
移動の飛行機はファーストクラスにしてくれないと嫌。
コンサル料金は野依理事長の年俸の10倍と言いたいけど
今回だけは特別に大幅ディスカウントで5倍でいいよ。
(このネタわかるひとにはわかる)

さて、理研側のことは一旦おいといて


最後のオチとしてはやっぱりこれだろう。
理研に異議申し立てをすると言ってる
小保方さんの代理人は
三木秀夫弁護士だそうな。
この人はさっきの二大ダメダメ会見に同席してた
船場吉兆と阪急阪神ホテルズ側の代理人だってさ

こんな大物弁護士連れてくるなんて小保方さん
ただモンじゃないわ。やっぱり。
いやー映画っていいものですね
今後の展開から目が離せないよ。
(映画じゃないよ現実だよ)
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