結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

「お姫様の監禁と解放」 自分で決められない女医タレントと塔の上のラプンツェル

2014-03-24 Mon 15:00
さて今回は
「塔の上のラプンツェル」と有名女医タレントの母娘関係
のおはなし、丁度タイムラインで話題になってた
「塔の上のラプンツェル」
よりにもよって子供のアニメ?
なにコレ?
とおもうなかれ、
色んな事がこの映画の内容にリンクしてるから
あえて選んでるのである。



テレビで「塔の上のラプンツェル」が放映されたからか
タイムラインの中で結構興味深い感想が
かなりの数流れてきたので
ちょっと面白そうという軽い気持ちで見てみたんだけど!


いや、これちょっと
ストレートすぎてびっくりしたよ。
示唆に富むというか、
親離れとは何かみたいな
人生の選択の際のキモみたいなのを
これでもかと見せつけられ
へとへとに疲れてしまった。

物語の構成はいつものディズニーアニメと
そう大きく変わる事は無いんだが
とにかく、これ比喩じゃないよね
そのまんまじゃないか!と
ひっくり返りそうになった。

今まではディズニーアニメの定番ジャンル
「プリンセス監禁もの」
もうちょっと台詞などはオブラートに包んでなかったか?
余りに表現がストレートすぎてひっくり返りそうになった。

これは今話題の毒親と娘の監禁と解放の物語ではないか。

このラプンツェルに出てくる
お城で産まれたばかりのお姫様を
自分の私利私欲で誘拐し監禁した偽母の
マザーゴーテルを見て

最近離婚ネタで売ってる女医の西川史子の話を思い出した。
そしてこの記事を書いてるタイミングでこんな記事が流れてきた。

西川史子、離婚はマネージャーが決断していた テレビで衝撃告白
-BIGLOBEニュース


なんでも、ざっくりまとめると

 いままで進路も職業も全部親が決めていた、
 そして、産まれて初めて自分で決めたのが結婚。
 しかし、初めての決断を失敗してしまったので
 もう何も自分で決められない。
 結果的に離婚することもマネージャーに決めて貰い
 今じゃ家電を選ぶのもマネージャーに決めてもらってる

というような話。


実は私は2014年1月15日のツイート
こんなことをこの女医タレントの離婚がらみで
以下の事を呟いていたんだけど

 職業も親に決めてもらったなら
 配偶者も決めてもらった方がいいと思う。
 配偶者だけ自分で選ぶからおかしなことになるんだよ。
 親のコントロール下で従うことを刷り込まれてきたなら、
 中途半端な親離れは破綻する。

コレだけ読んだひとから
石とか投げられそうなのであるが、
今回のブログ記事で言いたいのは
親の言う通りに生きろって話ではないんで
言いたいのはむしろ真逆のこと。

このタレント女医さんのように、
今までの人生を親の指示通り生きてきて、
親にコントローラーを握られて
親の人生ゲームの中のコマとして
自分の人生を生きてる事が嫌になったら、
何か一部だけ突然親離れした気分になって
大人になったと錯覚して自分で選んじゃだめなのだ。
失敗するに決まってる。

何故ならその選択は、親の【思い】をベースにしたものだから。
自分で自由に決断したり選んだ気になれることはなれる。
だけど、残念ながらそれは錯覚なのだ。

その選択は自分の選択じゃない。
自分に乗り移ってるお母さんの分身のチョイスだ。
気持ち悪いかも知れないが、
支配をメインとした育てられ方をした場合
意識は親の分身になってしまう。

だってそもそも親に学校も職業も選んでもらってる
(=親の指図に従って生きてきた)時点で、
本人の意思なんて何一つ教育されてない。

【思い】の教育を一切されず、親の支配下に置かれた状態、
そのうえ自分で考えるようにも日々習慣付けて無いのに
いきなり出来るようになるか?

ならんよね。

よく考えたら
一度もやった事無いのに突然出来るようにはならんと言う
ごくごくシンプルな話なのだ。

だって、身に付く身に付かないとかではなく
よく考えたら、最初から自分の意思は
全くの無の状態で大人になったという事じゃないか

こんな状態で自分で決断したら
そりゃ大やけどするに決まってる。
だって自分で選んだ気分になったものは
本来自分が求めてるものとは全然違うんだから。

そして失敗すると必ず親が絶好のタイミングで登場するのだ

「ほらごらんなさい、お母様の言った通りでしょ」

とね。

だから尚更親のコントロール下を離れられなくなる。
自分で選んだのが悪かったんだ、親の言った通りだったと
後悔する。

子供が選んだ場合は必ず悲惨な結果になるように
最初から意図的にコントロールされているにも関わらず。
子供は親に従わなかった為に失敗したと思い込まされる。

この支配形態はラプンツェルでも描かれているように
とにかく失敗して助けるとこまでが洗脳を完璧にする為に
必要な儀式なのである。

子供が自分で選んだ結果は常に失敗するように
仕組まれ、やはり親って凄いと認識させる経過を
実際に辿って本人がやらかしてみることは
親のコントロールの重要なポイントだからね。


さて子供はこういう親にどう対抗すればいいのか?

まず自分の状態を知る事だ。

自分が今持ってる【思い】が実際は自分の物ではないと
全く気付かず、知らないまま何かを選ぶ事くらい
恐ろしい状態はないのだ

自分は何が好きなのか?何に感動するのかまで
親にコントローラーを握られてて
支配のもと生きていた事にまず気がつかないと
大変な事になる。
自覚が無いまま進んだらかなり不幸だ。


コントロールされてる自覚が無い人は
自分は親とは別人格で、意思や感情があることすら
本人の想定外なのだから。

だから大事なのは
まず自分が実は無だったと気付く事なのだ。

どういう状態が親に洗脳されきった状態なのか

例えば
親に完全にコントロールされた人生を送ってくると、
いちいちふりかかる物事すべての決断を

「こっちを選んだら、果たして親が合格って
言ってくれるだろうか?」

ってのを常に気にし始める。

判断基準がもう善悪でも自分の好みでもなく
とにかく

「親がどう思うか」
「親がどういう顔をするか」

になっているのだ。

これが
【自分の意思を親の支配下に置かれている状態】
だと認識出来るかが重要である。

これは意識するしないとか、
もうそんな次元の話ではないので
凄く難しいんだと思うけど、
自分の好みとかは自分で無視どころか
自身の意思の存在すらスルーして
生きてる人は少なくないんだよね。


人生の全ての時間を親の顔色を伺うことで
過ごしてきたこの手の思考の人たちは
親がオッケーって言ってくれると
「自分の判断は正しかった!良かった!」
とやたら安心するわけ。

もっと怖いホラーみたいな話をするけど、
従順な性格の人にありがちなのはこれ。
 ↓ ↓ ↓
異性に持つ自身の好みのタイプとかも、
本人の意思が一切無視された状態、
すなわち母親の意思そのものだったりすることがよくある

自分が好きになると思ってる男性は
実は自分ではなく母親の好みのタイプだったりする事は
この手の母娘関係ならば別に珍しい事例でもなんでもない、

常に幼き頃から母親が

「ウチの娘にはこんな人と結婚してほしいわ」

なんて言ってると、親を喜ばせたい一心で
母親が常日頃から言っていたような
母親の理想の男の人を結婚相手に探すようになる。

自分自身の理想の男性ではなく
無意識で母親の理想を叶えようとしてしまったり。


本来であれば、何処かの時点で親からコントローラーを奪還し、
自分の人生のコントローラーは
自分で握るようにしないといかんのだが、
親のコントロールが心地よく機能して
具体的になにかもめ事が起きなければ
親の意思が見直されるきっかけもないから
ついつい安穏と過ごし、

親の思いを受けて配偶者も選び
親の思いを受けて子供も産み

そして最終的には親から受け継いだ「思い」を
自分が産んだ子供に連鎖させる。

自分の「おもい」ですらないものを、
今度は自分の子供に強制し始める。


そのコントローラーは有線から遠隔操作へと
バージョンアップするのだよ。
恐ろしい事にこれは親が死んでも機能するという・・・

赤ん坊の頃から繰り返し繰り返し長期洗脳されてるので
例え親元を離れたとしても、親が死んでも
バージョンアップ後はいくらでもコントロール可能。
この時点ではコントローラーすらもう要らないのだ。

あのタレント女医さんを見ても解る通り
親から完全なコントロール下に置かれるような
極端な育てられ方で育ってしまうと
結局は一生ずっと

親に受け入れてもらいたい
親に褒められたい
親に認められたい
親を喜ばせたい

そのモチベーションだけで生きてしまいがち。

いま書いてても怖いのは
そこに「自分」というものが一つもない事だ。

「塔の上のラプンツェル」でも
誘拐犯の偽母マザーゴーテルから
ラプンツェルに投げかけられるお決まりの台詞は
「外は危険が一杯で、あなたは無力で何も出来ないんだから
お母さまの言う通りにしていればいいのよ」
であった。

言葉と言う見えない鎖で娘を縛り
自分の元から離れられないようにコントロールする
この物語では恐ろしい魔女として偽母ゴーテルは描かれているが
こういう身勝手な実の母親って意外に現実社会で散見されるよね。

一見優しそうで、何よりも誰よりも娘のことを考えてるポーズを
取るし、実際献身的に可愛がったりするから
とても優しくいい親だみたいに惑わされがちだけど
ほんとこういう親は害にしかならんので
とっとと気がついて塔の窓からポイッと捨てないといけない。
(マザーゴーテルは空き缶ではないので窓から捨ててOK)

さて、最初に書いた
中途半端に一部分だけ親から解放されても
それを自身の決断と錯覚てしてはならぬ

の真意は
ここまで丁寧に説明したら
賢い皆さんはもう解りましたね。

そうです、
沢山の枝葉の一部だけを自分の決断で
選んではダメなのだよ。
だって他の部分は全部腐ってるんだから。
根から引っこ抜いて
枝葉を一度全部落とし丸坊主にして
植え替えないともうどうにもならんのよ。

腐った他の部分と死なば諸共か、
根っこから抜いて一旦丸裸にするか
どっちかしかないんだよ。

要するに
一度自分を初期化して、まっさらな自分に
戻らないと何も始まらないってこと。
自分を初期化してまず自分が自分である事を
自身で確認するしかないのだ。

親の人生を代理で生きてやってどうするのだ?
それは自分の人生ではない。
自分の人生を生き直さなきゃ。

まっさらな状態に戻して、
イチから積み上げないと
自分にはならない。なれない。
いつまでたってもそれは誰かの意思で生きる人生だ。

だって、作られた自分は自分の意思すら持つ事を
いままで許されてなかったんだから。

自分が何が好きで、何に心が踊り、
どんなものに興味を引かれるのか。
自分じゃない人たちの好みではなく
もっと自分と向き合うべきなのだ。

それからじゃないと、
本当の自分は一体どんな人が好きなのか
誰と一緒に居たいのか、
何が好きで、何が嫌いで、どんな事に
心震えて、何に涙を流すのか
自分を知らないまま人生を過ごしてしまうことになる
そんな勿体ない事するくらいだったら
勇気を持ってコントローラーを引きちぎり
それを叩き返してやればいい。

ラプンツェルのように髪の毛と一緒に
マザーゴーテルを塔から突き落としてしまえばいいのだ。

自分の人生を生きたいと強く願い
子供が自ら冷酷になって親離れを敢行し、
親の息の根を、力で止め黙らせるしか
これは方法がないんだと思うんだよね。

親を完全に絶望させないと
この鎖で繋がれた関係は解けない。

野生の動物ですら子離れ親離れの儀式をするのだ
人間だってやっぱり動物なのだから
きちんと区切る事が大事なんじゃなかろうか?

野生動物は例えば親が子を巣からたたき出したり
谷底に突き落として強制的に親離れさせるというが、
人間は子が親を塔の窓から突き落として子離れさせて
やらなきゃいかんのだ。

だから遠慮せず、
とっとと親の思考構造なんか踏み潰して、
その屍を胸を張って乗り越えて、
自分の人生をキッチリ生きればいいと私は思ってる。

自分以外の誰かのことばかり優先する人生を見直そう
親にはその人自身の人生を自分で生きてもらえばいいのだ。
自分の人生を親に奪われることはないのだ。
素直に差し出し明け渡す事も無いのである。

もっと自分の人生を取り戻す事に貪欲になったほうがいい。

最後に
「塔の上のラプンツェル」の最後のオチは
非常に危険だと思うよ。

グリム童話がベースだし、この映画も既に古い話なので、
最後どうなるかを隠す価値もないと思うんで触れるけど、
ディズニープリンセス監禁ものの定番といえば定番
ステキな王子様と出会って、
王子が魔女から解放してくれるってやつ。

私としては解放してくれたのは王子(男)でってのが
もう凄く気に入らん。
結局誰かに依存することでしか
幸せになれないみたいな話
ハッピーエンドでも何でも無いんじゃないの?

監禁先の変更ってだけで解放じゃ無いじゃん
みたいな事が非常にけしからん!と思うのだ。

ディズニーは本当にプリンセス監禁が
好きなのですな。

これはまた別の話だから、
長くなった事だし、別記事として
長編を書かねばならんと思ってる。

なので今回は
毒親を駆逐する話でございました。
はあ、それにしてもこの記事まとめるのに
三日もかかったよ


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