結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

声のボリュームではなくトーンについてのお話。統一地方選のウグイス嬢も子供も同じようにうるさい。

2015-04-22 Wed 17:00
週末に第18回統一地方選を控え、選挙運動が佳境だ。

朝っぱらから選挙カーがキンキンした声で
遠慮会釈なく候補者の名前を叫びまくる、

はっきりいってクソうるさい。
朝早くから金切り声みたいな変な周波数の音で
候補者名を叫ばれても、
投票してしないブラックリストに入れるだけだし
名前を叫べば叫ぶほどうるさいから嫌われるだけだ。
2015年にもなって、候補者名連呼公害で
得票が伸びると本気で思ってるんだろうか。

反感買うだけだと思うんだが、

有権者としては叫び続ける候補者名は
政党と名前を書き留め、今週末の選挙で
間違っても名前を書いてやるもんかと
心に固く誓うしか反撃の方法がない。

かつては選挙の際に候補者名を連呼する人のことを
ウグイス嬢って呼んでいた。

小学生の頃は知り合いの議員に
「大人になったらウグイス嬢になってあげるね」
と約束したぐらい、ウグイス嬢のあの名前の連呼に
なんの嫌悪も持ってなかった。

そもそも公共のアナウンスみたいなものが
ウグイス嬢のような特殊な声でなされていた時代である。

そしてそれからほんの10〜15年くらい前まで
騒音に関しては社会がある程度許容しており
そしてまた寛容だったのではないか。

しかしどこかの時点で社会全体の
音に関するコンセンサスはおおきく変わった。
選挙運動で候補者名を連呼する行為は
いつしか迷惑行為と認定され
忌み嫌われ、ウグイス嬢などという呼び方も
全く聞かなくなった。

大きな音で何かをアピールすることが
時代と合わなくなったんだと思う。

そんなことをつらつら考えてたら
こんなネットの記事が目に入った。

保育所は迷惑施設か 
福岡県古賀市の新設保育所の場合 
反対運動で高さ3メートルの防音壁

#西日本新聞

これを読んでふと、
選挙運動のウグイス嬢による候補者名連呼と
保育所の子供がうるさいから防音壁って話は
なんの繋がりもないようでいて
根底では繋がってるような気がしたのだ。

例えば

選挙で名前を連呼するウグイス嬢の金切り声がうるさい、 
集団になったおばちゃん連中の話し声がうるさいと、
子供が興奮してはしゃいでうるさい、
携帯電話の話声がうるさい。

と感じるのは
全部共通した何かが原因ではないか?と思うのだ

この四つをザックリまとめると
家の固定電話やピンポーンと玄関の呼び鈴が鳴った際に
対応するときに甲高いよそ行きの声を出す
みたいな古い時代の生活習慣というか。
日本の文化の特性というか。

昭和の時代、まだ携帯電話がなかった頃
(今から30年前1985年くらい?)
家にかかってくる電話にでる母の声のトーンって
異常に甲高いよそ行きの声であった事を
思い出した。

そして
よそ行きの甲高い声が良しとされていた象徴としては、
デパガ(エレガ?)とバスガイドね。
その昔はデパートにエレベーターガールというのが居て、
それはそれは頭のてっぺんから抜けるような周波数の声で
おまけに変な調子を付けて売り場案内をしてたのだ。

要するに公共のアナウンス、
それから電話に出ることなどは
そのよそ行きのハイトーンの声を出すという
社会的な合意が取られていた時代であった。

いま「よそ行きの声」というものがあると書いたが
この甲高い声を出す流れがあった事をベースに考えると
なんで日本でだけ携帯電話の通話が
うるさいと言われ公共の場所で禁止されるのか?
という事に一つの答えが出そうである。

そう携帯電話の公共の場所での通話は
おそらく日本でのみ禁止されている
不思議なルールなのである。

それは日本人の電話の声のトーンが不快な音すぎて
迷惑領域になってるからだと思われる。

具体的に言うと
新幹線で電話が鳴ると急いでデッキに移動しながら
電話に出る人がいるが
観察するととても面白い。
全員声のトーンが3オクターブくらい上がるのである、
(自分調べ)
すわっ林家パー子か?と思うくらいの
頭のてっぺんから超音波のような声を出すのである。

それまで、その人は隣の人と静かに話をしており
特にうるさくはなかった。
しかし電話に答えた途端ものすごい周波数の声が
車内に響き渡る。

これは声が大きいのではない
不快に思うのはこの声のトーンなのだ。
ボリュームとは明らかに違う。

もしかすると日本人は電話で話すときに無意識に
ものすごいハイトーンで話すという
習慣が刷り込まれちゃってるんではないか。

実は世界中いろんな場所に行って観察してみると
様々な国の様々な人たちが集まる空港のラウンジや、
飛行機に搭乗してからドアクローズまでの間など
みなさん本当に電話好きで通話してるんだけど、
うるさくないんだよね。
これすごく不思議に思ってた。
何か違うのか。

隣の同行者と会話をするというトーンで
電話の会話もなされるので
特に迷惑に思った事はない。

鍵は声のボリュームではなくトーンにある
という事に気がついてなるほどと
すべての疑問が解けた。

で、音がうるさいと人が感じる時ってのは
実はボリュームよりトーンなのではないか?と
思った時に、
なんで子供の声って不快なのであろうとおもったけど
やっぱりボリュームではなく
子ども独特の声のトーンなのでは?考えた。

そりゃ、朝から夕方まで
声のトーンがめちゃめちゃ高い騒音を聞かされたら
神経は参ると思う。

新幹線の中での携帯電話の声をうるさいとおもったり
集団でいるおばちゃんらをうるさいとおもったり
選挙カーのウグイス嬢がうるさいのとおもうのと
同じように保育園の子供の声もうるさいものはうるさいのだ。

それを子供が出してるから我慢するべき騒音とするのは
非常に危ういと思う。
良い騒音と悪い騒音なんてないのだ。
おばちゃんの声でも子供の声でも
うるさいものはうるさいのだ。

音を出す方のコントロールが難しいなら
その音に悩まされない対策をするしかない。

その対策に対してけしからんというのは
なんか違うと思うのよね。

ここで考えるべきは
子供の声をうるさく思うのがけしからんって方向に
話を持っていっても誰も幸せになれないってこと。
じゃあどうするのが、

それはやっぱり
まずは大人がよそ行きの声のトーンをあげるという
間違った習慣をまずやめてみようかってところから、
選挙活動してるウグイス嬢も是非
「朝からお騒がせしてすみません」といいつつ
金切り声に近い甲高い声で候補者の名前を連呼するのではなく
3段階くらいいまより声のトーンを落として
候補者の名前を言うように心がけてみてはどうか?

そして、いま子育てをしてる人は
子供に声のボリュームやトーンをコントロールできるように
丁寧に手本を示して教えることだと思う。

世の中が変わるのはすべて何かの一歩から

だったら、お互いにできることからってことで
今日から私も心してなるべく低いバリトンボイスで
外での会話をしてみようと思ったのでした。

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過去と未来と現在と。

2015-04-14 Tue 22:00
SUZUブログのファンの皆さんお久しぶりです。
一年ぶりかな。

唐突に再開。

ツイッターのハッシュタグでこんなものが流れてきた。

#もしも5年前の自分に30秒だけ会えたら

これを見て、はてさて五年前の自分ってどんなことを考え
どんなブログを書いていたのだろうか?と
五年前って2010年、東日本大震災も起こってなかったし
原発も止まってなかったのだよね。

五年前の2010年4月に「女が男と対等に仕事をする場合子育ては出来ない」と
ママさん宇宙飛行士と持て囃されていた山崎さんを例に挙げ
はっきりブログに書いておったのだが。

宇宙飛行士という職業は水戸黄門の印籠なのか?

とこうやって五年前に自分が何を考えてどんなブログを書いていたか
読むのは結構面白い。

で、五年前の自分に30秒会えたら何というかってよりも
五年後2020年の自分が五年前2015年の自分に何かを言うなら
って仮定したほうが面白そうなので考えてみた。
そして
「ブログ書いとけ」って言うだろうなと。

いつも思うのだ。
未来から見たら、今こそがその過去なのだ。
だったら、十年後の自分が何ていうのか考えながら
今の選択肢を選んだらいい。

だって、今こそが未来の自分を作るパーツなんだから。

過去を悔やんでももう取り返しがつかないんだから
未来をどうにかするために今を積み上げたら
未来の自分に褒めてもらえるんじゃなかろうかと思ってる

実際今まで自分自身の転機に思い切った決断をしたことで
「よく決断したね、その決断は正しかったよ」と
言える自分なので、
(もちろん細かい失敗あるけど、そんなことより
転機で大きな決断が出来たかどうかのほうが重要)
余計に十年後の自分が何て言ってくれるか、五年後の自分が
何て言ってくれるかを考えるのである。

という訳で五年後の自分から言われたので
ブログ書きました。
私にしては短いけど超忙しいのに書いた。

いやーでも忙しい時はツイッターしか書けないのだよ。
あれは細切れの時間で瞬発力でかける。
ブログは色々調べる必要がある、
この記事なんか山崎直子さんの現在について
調べてから書いてるもんね
(記事中では山崎さんの現在には全く触れてないが)
ブログは記事の内容に関連した調査に時間がかかるのだよ。

という訳で
ブログの記事が明日以降もアップされるのか
また一年ほっぽらかしになるのか
それはみかん星人のみぞ知るです。

ではまた。

おまけ。
過去には絶対に戻れないからこそ、過去に戻れたらって考えるのは
ファンタジーとしてはとても楽しい。
だからこれは完全におまけなんだけど、

1990年、今から二十五年前の自分に30秒だけ会えるとしたら
なんていうかなってのは前にちょろっと考えたことがある。
何て言うかは決めていて。
「二十五年後の日本ではJALが一回潰れて、ANAがナショナルフラッグキャリアに
なりました。天皇陛下はANAの特別機でパラオに行った。」と言うかな。
多分1990年の自分はそれを聞いて未来の全てを悟ると思うので。







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