結局人生50歩100歩 じゃないかもしれない。

『ホンモノだけを選んで生きる』 (「片付けの魔法」こんまりメソッドに足りないものを分析してみた)

2012-01-25 Wed 22:30
2012JANHKG


2012年 旧暦でもやっと年が明けました。

さて久しぶりのブログの記事は年が明けたんで2012年の抱負から。

タイトルにもしましたが

『ホンモノだけを選んで生きる』

これが私の2012年の抱負です。

おわり


とまあ、最近のブログはこんな感じで
じゃあそこから膨らませた話題はないんかい?という
中身の薄っぺらいどころかからっぽの記事が多いよねえ。
え?そこで終わるの?みたいなの多く無いっすか?

なので久々に長文ブログ書いてみようと思います。
だがしかーし、
私、ここ2年ほどツイッターで140文字もあったら
本質的なことにフォーカスすれば言いたいことは言えちまうわって
要するに1000文字じゃぜんぜん足りないとか思ってた
さるさる日記時代が嘘のように
言いたいことなんか140文字で充分じゃね?と思ってるので
長文の書き方をすっかり忘れてしまった。

なのでツイッターで書き散らかしてる自分のツイートをまとめて
大幅な加筆と修正を加えることで大作ブログ記事にしようという
労力エコ作戦で行くことにします。


===

昨年の秋くらいからツイッターの我がタイムラインで大流行だった
こんまり先生の「人生がときめく片付けの魔法」


人生がときめく片づけの魔法人生がときめく片づけの魔法
(2010/12/27)
近藤 麻理恵

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注意:これはこの書籍の宣伝ではありません。
何の話題かわからない人へ向けてこのような本と言ってるだけに過ぎません。
最後までこのブログを読んで読むべき本なのか否かを
自分の脳みそできちんと考えて判断してください。


さて、ここからが本題
私がよく嘲笑している「自分の頭で何も考えない阿呆ども」が猫も杓子も
この「こんまりメソッド」をうわっつらだけとりいれて
『ときめくものだけを残す』という方法でモノを整理したらしい。

ま、考えないアホにはぴったりの片付け方法だ。

で、何が起こったか。

数ヶ月たった1月になって散見される
こんまり教の信者になった人たちのつぶやき

メソッドに従ってときめくものだけを残した結果 

『ときめきが薄れちゃって、』
『輝きが半減、』
『ときめいてたはずなのに』
『ときめきが色あせる』

なんでこうなるのか自分でわからないという救いようの無い方々、
もうね、ほんとこの人たちこんまり教に入信する前に
キュイン教の教えを読んだほうがよくってよ!
(片付けの魔法は1470円ですが、あたしの書いたブログ記事はタダですんで。)


この「人生がときめく片付けの魔法」こんまりメソッドって
近藤さんって若いのによくこれに気がついたわねって感心するくらい
無茶苦茶正しいんだけど一番大事なことが一つズボっとぬけてんのよ。

で、その一番大事なことは
あたしが10年以上前に日記サイトで日記をはじめた時から
ずーっと読者の皆さんに耳にタコてか読むから目にタコが出来るくらい
しつっこく言ってること。

パスワード会員制にしたときに特別会員になるための試験問題にも出したから
古参の読者、そしてサファイア会員&ダイヤモンド会員は暗記してなきゃ
もぐりだろお前!くらいのこの教え。

すっごく重要なことなのにタダで公開してるんだから
もうちょっと感謝されてもいいようなもんだけど、
あたしのブログって荒らしは来ても、感謝する人は来ないのよね(なんで?)

というわけで金取れるほど重要なことなんだけど
大盤振る舞いで今日もタダで公開します。

一番大事な事なズボっとぬけおちてるそれは

『世の中にはホンモノとニセモノとどーでもいいものしかない
だから、ホンモノだけを選び取るようにしようよ』



信者さんたちからは「キュイン経典」とすら言われてるほど
あたしゃ何度も何度も何度も書いておりますの、

このこんまりメソッドを使う人たちが感じるときめきが
ちゃんと選んだホンモノに対してときめいてるのか
ニセモノに騙されてときめいちゃってる気がしてるだけなのか

そんなことはこんまり先生知ったこっちゃないでしょうから
こんまりメソッドの落とし穴ではないことは確かです。
そこんとこは読み違えないように。


さて、
なぜこんまり先生の教えに従って
ちゃんと自分が手に持ってときめいたものだけを
あれだけ選りすぐって残したのに、
時間が経ったらときめきが薄らいだり、
輝きが無くなったり、
ときめき自体がなくなっちゃったりするのかって

答えはズバリ、
あなたが今まで手に入れてきたものがあなたにとっての
ホンモノじゃなかった
つまりニセモノもしくはどーでもいいものだったからです。

雑多なものに囲まれて、
そうゴミとかどうでもいいものとかに囲まれて過ごしていた時には、
ニセモノってのは人に良い顔しますんで
使い易い~とかかわいい~とかって相対的にゴミよりは良い感じを
漂わすんですよ。
雑多なものがあるせいで、錯覚を起こし易くなるわけ。

だけど、相対するものを全て捨て去って、それだけを置いたとき
ニセモノの尻尾がでんるんですな。
輝いていたように見えたのはゴミ(捨てたものはゴミでしょ)のなかに
あったからで別にそのものが輝きを放っていたわけではない。

そして輝きが色あせるもう一つの大きな原因、それは

自分の好みやときめきの基準が実は誰か他の人の価値観である場合

そうです、
わかりやすい例をあげましょう

例えば、ステマ(ステルスマーケティング)にひっかかって
愛読してるブログでステキ憧れブロガーさんがオススメしてたから
欲しくなって買っちゃった。
これを持てばあのステキブロガーさんみたいになれるかも~
で手に入れた「あのブロガーさんのときめきの品々」

誘われて行ったパーティーで売られてて
みんながかわいいかわいいと買ってたので
ときめくような気がしてついつい買ってしまったものー。
(着物から宝石まで、集団に流されがちなひとの性質を使った
古典的な物を売る方法で、21世紀なのにまだこんなことやってるとは
いい加減古くさいんだがやってるんだな。)

それほんとにあなたの好きなものですか?


ときめいた気分になったのは
自分の価値観ではなく人の価値観が乗り移ってただけ


そりゃ、ゴミと一緒に置いといたときは輝いてても
一掃したらそんなもん輝くはずもありませんな。
ホンモノを選んでこなかった自分が悪いんです。
自業自得。

ときめく物だけを残すって行為って
実は凄く残酷な現実を見なければならない
ことになるかもしれないんだよね。

自分が自分のすきなモノやコトを解ってなかった場合、
ステマにひっかかったり、
他人の好きな物を好きだと錯覚して購入して
ほんとは好きでもなかったモノと一緒に生活してきた事が
目の前に見える結果として日々突きつけられるわけだから

ときめきの錯覚を突きつけられるってのも
なかなかの体験だと思いますが。

残したものがほんとにときめくものたちで
それらを好きで愛していたかどうかって
ゴミの中での相対評価ではごまかせていたかもしれんが
絶対評価になった途端にバレる

ホンモノを選び取って来なかった愚かさに図らずも気がついてしまう
というのは結構悲しいことだと思うのよね。

世の中には気付かずに終われば幸せだったこととか結構あるわけで
気付きが絶対ということも無いと思うんだけど、

ここにきて人生の残り時間がどのくらいなのかって考える機会の多い毎日
明日大地震が来て全てを失うかもしれないし、
自分の命がなくなるかもしれない。
だからこそ
ホンモノだけを選んで生きるっていう考え方はすっごく重要だと思うんだよ。


じゃあ、SUZUさんのおっしゃるホンモノってなんですか?

凄く良く聞かれます。

中には勘違いしてる人が居て
「私はエルメスの本店でしか買い物しませんので、全部ホンモノです。」って
胸を張って言う人も居ます。

あのですね。
ブランド物の贋作だからニセモノとかそーゆー話をしてるんじゃありません。

ブランドの本店にだって堂々と売られているのがニセモノなのです。
その老舗のマークがくっきり刻印されてるからといって私が言うホンモノである
保証なんかどこにもありません。


じゃあホンモノとはいったいどういうものなんでしょうか?

ホンモノを解り易くする為に
じゃあブランド物の本店に堂々と売ってるニセモノは
どんなものか解り易く例を書きましょう。

例えば、ベテランの職人さんが丹精込めて一個完成させるのに
何ヶ月もかかってはっきりいって採算の取れないようなものばっかり作る
昔からの老舗ブランドがあるとします。
もちろんそこはもう経営が傾いてて資金繰りも苦しい。
こういうホンモノを作る老舗ブランド店を買い取って
オーナーが新しくなったとします。

そんなオーナーは金の亡者ですから、ブランドとしては知名度もある、
んじゃここは一般大衆受けする何かアイテムをつくって一儲けするか。
といってそのブランドの魂は入ってない刻印だけ入ったアイテムを
売るかもしれません。

それは残念ですがニセモノです。

老舗店の刻印は入っていて本店に売ってるかもしれませんが
肝心のスピリットが入っていないからニセモノっていうより死骸でしょ。

ここでは便宜上ブランド店にあるニセモノをわかりやすく例にしましたけど。
別に世の中のものが全部老舗ブランド店で構成されてるわけではないので
解り易くするための例だと思ってね。

いまニセモノの例を出したけど、ホンモノってどんなものなのか?

ホンモノと簡単に言うけど。
ホンモノとめぐり合うのがこれほど困難なものはないね。

ホンモノしか買わないし持たないって決めて生きるのって
相当意志が強くないとできないとおもう
ストイックとかとはまた違うし、

そしてホンモノは個人個人で違う。
私にとってホンモノでもあなたにとってはホンモノに成り得ないかもしれない。

ニセモノとどうでもいいものは万人に共通だと思うんだけど。
ホンモノだけはそんなに簡単に姿を現さないし、つかめる物でもない。

ホンモノだけを集めて生活出来たら、
多分私も皆さんもっと違う人生になってると思うのだよ。

それくらいホンモノを見つけることも出会うことも手に入れることも難しい。

だからこそ、意識としてホンモノと生きたいって常に思ってないと
ダメなんだと思う。

ひとつだけホンモノを集めるコツを伝授するとだな、
一事が万事という言葉もあるように
ちょっとでも妥協し始めると人間すぐにとめどなく流されますんで
人もモノもホンモノしかイラネーわ!って
ホンモノ以外は拒絶しますアピールを常にすること、
ニセモノとかどうでもいいものでいいですって言ってると
人もモノも、どうしようもないものしか回りに集まってきません。

どうでもいいって言ってるとどうでもよくなるし

そんな難しいことめんどくさいって思ってる人、だったら最低でも
人に左右されて物を買わなくなる程度の目標ぐらは持って欲しいね。

そしてまだ若くて経験が浅い為に
ときめくものもホンモノもわからないって言う人。

『私これが好き!』って自分が感じるものって、
誰かに影響されて感じるものではなく、
本来自分の奥底から否応なしに湧き上がってくる
もうどうしようもなく押さえ切れない情熱なはず。
それが車だったり絵だったり歌うことだったり、
みんな違うものに感じるその気持ちを大事にしてほしい。

その押さえ切れない湧き上がる気持ちこそが
あなたの好きなものを判断する一番大事な基準になると思うから。


ホンモノって言うから訳わからなくなる人も
心の底からわくわくするような揺さぶられるようなわきあがってくる
すきって気持ちを抱けるモノを
あなたにとってのホンモノって言うんだよって言い換えたら、
私が言ってるホンモノってどういうものかイメージ出来易くなるのかもね。


というわけで
2012年今年のSUZUの抱負は

『ホンモノだけを選んで生きる』

今年の抱負って言うより人生のテーマですけど。



で、さんざんここで取り上げた
こんまり先生の人生がときめく片付けの魔法に関しては
まあ、考えるのめんどくさいひとが脳みそを使わずに片付けるには
とってもいいメソッドなんじゃないでしょうか?という
評価をしておきたいと思います。
メソッドとしては素晴しいのよ、良く出来てる。
問題はこの方法を使う人たちにあって、
ゴミとニセモノとどーでもいいものしか持ってない人達が
家を一生懸命片付けてもねえ。。。。(以下自主規制)






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